ブルーリゾートウェディング

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 遠州灘と三河湾と伊勢湾に面した伊良瑚岬の東端、海抜百メートルの高台にある伊良瑚ビューホテル。その3階にあるコーヒーハウスアドリアのロビーラウンジは伊良瑚水道を行き交う船や鳥羽の島々まで見渡せる絶好のロケーション。それなのに白砂青松百選の一つだからだろうか、伊良瑚岬の恋路ヶ浜にだけ目を凝らす若人。彼は名を西崎一馬と言って新興の青年実業家である。恋人募集中だから夏のバカンスがてらあわよくば良い出会いをと期待して逗留しているのであるが、その二日目の明け方のことであった。  一馬は恋路ヶ浜を散歩しようとホテルを出てヤシの木が所々に高く聳える緑豊かな遊歩道を降って行った。  日出園地まで来ると、丁度、黄金色の朝日が水平線から顔を全部出した。朝焼けして黄と赤のコントラストがグラデーションによって暖色に染まった空を背景にして菖蒲色に輝く海の沖合に浮かぶ日出の石門に眺め入った。成る程、自然に出来た天然の門だと思った際、ざぶざぶと快い音を奏でる男波女波が地球の息吹とも雄大なBGMとも感じられた。  それから岬の出鼻に向かって恋路ヶ浜に出た。潮風も松籟も清々しく白く細かい砂が波に洗われる様を見ると、心も洗われるようだ。しかし、そんなことは取るに足らなくなった。長い髪が嫋やかに後ろに靡いているから潮風に吹かれているのだろう、沖に浮かぶ神島の方を向いて佇んでいる女性の人影が100メートル程先に見えたのだ。遠目にも明らかに分かる若々しさ、それも大人の妖しい肉体を持っている。それは朝日と影に浮き彫りにされた、露になっている肩や腕や太腿や脹脛のラインだけでなくタイトな衣服に隠れている部分にも強く感じられるのだ。  一馬はその婦人の方へ大海に攫われるように歩み寄って行くと、彼とは逆の方向から近づいて来た男に声をかけられたらしく婦人はそっちへ振り向いた。  二人とも笑顔で話し合っているのが分かった一馬は、途端になんだカップルかと見て取り、がっくり来た。何せノースリーブのシャツにデニムのショートパンツ姿の婦人が自分好みの美脚で全体的に好印象を受けていたから然もあらん。反面、男は自分がしようとしていたようにナンパしたのかもしれないと考え直したので二人の様子を観察する事にした。  すると二人は二言三言交わしたかと思うと、こっちに向かって歩いて来たので一馬は二人から逸れるべく波打ち際から松が茂る古山の麓の方へ歩いて行った。で、10メートル位の間隔をおいて二人と擦れ違いざま婦人の顔を確認しようとすると、婦人と目が合ってしまったのだが、その瞬間、婦人がにやりとした気がした。その容色は臈長けた矢張り大人な感じで時好に投じたへらへらした軽薄な感じが一切ないので正統派美人好きの一馬は、一通りでなく魅せられた。そして男との関係を探るべく二人の行方をずっと目で追って行きながら尾行することにした。  すると遊歩道を上がって行って伊良瑚ビューホテルへ行くのが分かった一馬は、手を繋がない二人にカップルにしては余所余所しさを感じた。で、これは矢張り男にナンパされた婦人は取り敢えず試しにお茶しながら話をしようとカフェブリーズへでも男を誘ったのではないかと思った。それは一階にあるのだが、エレベーターに乗ったので二階のグリルビュッフェレストランサンセットかメインダイニングシーサイドに行くのかと思ったが、後で確かめてみると、そこにもいないので3階に上がったことになる。3階にはコーヒーハウスアドリアがあるからそこも探してみたが、いないので同じく3階にあるフロントロビーから客室に入ったのだろうかと思い、上の階の4階から7階も客室が並ぶだけなので、いきなり客室に入ったらしいと推し量るに至った。してみると残念ながらカップルかと思わざるを得なくなり果然がっくり来るのだった。  その上、あのにやりとした時の婦人を思い出して独り者を見透かして愚弄して笑った、或いはカップルである自分たちを見せつけて優越感に浸って笑ったとも思えたので腹が立ってしまった。と同時に空腹感を覚えたが、グリルビュッフェレストランサンセットでブレックファーストが始まるのは午前7時からだからまだ2時間近くある。こうなりゃ気晴らしにドライブがてらコンビニでおにぎりでも買おうと思った一馬は、駐車場に行ってマイカーの下へやって来た。それはセカンドカーとして所有する物でツーシーターオープンスポーツカーの1968年型アルファスパイダー1300ジュニア、即ち映画「卒業」でダスティンホフマンが乗っていたのと同一モデルだ。まだ早朝で日の照りはきつくないので一馬はオープンにして乗り込んだ。アルファ伝統のオールアルミ製4気筒ツインカムエンジンに鞭打って走り出すと、軽快でビートの利いたエンジン音と野太いエキゾーストノートを響かせる、ポートテールの華麗なシルエットを持つこいつは、その可憐で美しい赤いボディを果てしなく広がる青い景勝に映えさせ、伊良瑚岬をぐるっと回って遠州灘、伊勢湾、三河湾、鳥羽の島々を横目に眺めながら操る一馬を頗る爽快にした。で、コンビニに着いた日にはすっかりいい気分になった一馬は、予定通りおにぎりを買って食べたので小腹が満たされて伊良瑚ビューホテルに帰った日には蟠りが綺麗さっぱり消えて御機嫌になっていた。  その一時間後、3階にあるグリルビュッフェレストランサンセットでピッツァを食べて朝食を済ませ、午前9時からは野外プールで子供達に混じって泳いだりビーチパラソルの下、ビーチチェアに座って青い海と青い空を眺めたりした。そうして一時間程たった頃、泳ぎ疲れたのでジャグジーへ行って体をほぐすかと思いついてプールから上がろうとした時だった。ビキニ姿の女がプールサイドで男と談笑しているのを目の当たりにした一馬は、女に目が釘付けになった。今朝の女だ!何てナイスなんだ!しかし今度は違う男と・・・そんな思いで。で、これは差し詰めあの婦人は兄弟或いは親戚とここに訪れたのではないか、或いは男友達と、いや、複数の男友達と来るとは考えにくいから兄弟か親戚と来たに違いないと思えて来てこれはチャンスありと俄然、元気百倍になってビーチサイドに上がると、婦人が独りの時にアタックしようという希望に満ちた勇気が湧いて来た。  だから1階にあるジャグジーに行ってジェットの気流で体をほぐし、気泡でマッサージし、神島を中心に蒼茫たる絶景を眺めながら芯からリフレッシュした後、婦人が独りでいるのを祈りながら野外プールに戻ったが、婦人の姿は既になかった。となれば他の施設にいるかと思って残らず虱潰しに探してみたが、見つからないので疲労感に加え徒労感に襲われ、くたくたになって昼時を迎え、2階にあるメインダイニングシーサイドに行った。  伊良瑚岬を先端とする渥美半島は常春の気候のお陰で日本一の農作物生産地だから太陽の恵みをふんだんに吸収した豊富な野菜と三河湾の魚介類等、旬の食材を存分に使ったフレンチフルコース、それにワインまで昼間から頼んだ一馬は、やけ気味で飲んで食い尽くしてしまったが、その間も例の婦人の姿を目にする事はなかった。  朝からの諸々の事、おまけに昼に鱈腹飲んで食った事で一馬は疲れて眠くなって兎に角、休みたくなって7階にある自分の部屋に行ってベッドにばったり横になると、即、昼寝タイムと相成った。  起きたのは午後5時だった。で、30分後に2階にあるグリルビュッフェレストランサンセットに行って今度は和食料理と中華料理を頼んで腹八分目になった後、3階にあるコーヒーハウスアドリアに行って夕暮れ前の紺碧に輝く大海原を眺めるともなく眺め、コーヒータイムを送った。  その内、黄昏て金色に輝く夕陽に照らされて海面に出来た金の太い帯がこっちに向かって伸び、光琳や観世水や青海波模様が渦巻く鋼色の海を分け、寄せては返す白波が渚に紐状にうねうねと線を描き、沖には神島が屍のように黒く浮かび、空は夕焼け色に染まり切っていない、まだ青みがかっている辺りに鴇色の雲が紗のように薄く掛かっている。その全体の光景がロビーラウンジから望めるのだが、一馬は昼間、肌色に見える薄暗くなった砂浜に人影が小さくぽつんぽつんとあるのだけを目で追っかけている。あの婦人を思いながら女と思しき人影を只管、見ているのである。  その後、彼は少しでもさっぱりしようと一階にある天然温泉風呂に入ったが、風呂上りに小腹が空いたのでカフェブリーズに行って夜の海を眺めながらビールのお供につまみを食べた。そして7階にある自分の部屋へ戻るべくエレベーターに向かうと、丁度エステサロンマリーンから出て来た、とてもリラックスした感じの女が浴衣姿で現れたのを見て、おっ!と心の中で唸った。すらっとした全体像を引き立てる男の目を引いて離さない妖花、それは紛れもなく今朝二度見たあの婦人だった。  ほろ酔い気分だった一馬は、徒に婦人と歩調を合わせてみると、婦人もエレベーターに向かうらしく肩を並べて歩くことになったからチャンス到来とときめき、婦人をちらっと見ると、それに合わせるように婦人も顔を向け、ニコッと笑った。で、一馬も浴衣姿だからカップルみたいな感じになった二人は、一緒にエレベーターを待つ事になった。だから、「あの、何階に上がられるんですか?」と一馬は訊いてみると、「7階です」と婦人が答えたので、「奇遇ですね。僕も7階です」と答え、運命の出逢いを秘かに意識するのだった。それからエレベーターに乗る段になると、「お独りで来られたんですか?」と婦人の方から訊いて来た。 「独りです」と一馬はきっぱり言うと、頓に婦人が華やいだ表情になって、「(わたくし)も独りで寂しいですからよかったら遊びに来てください」と言うので、えっと思わず声を上げた。と言うことはあの男二人は?と一瞬訳が分からなくなった一馬は、慌てて訊いた。 「あの、遊びにってあなたの部屋にですか?」 「勿論です、140号室ですわ」と部屋番号まで言ったので一馬は本気らしいと半端なく驚いた。 「こんな風に出会えたのも何かの御縁、そう思いません?」  そう言われて一馬はどきんとして、「そ、そうですね」とどもり、それにしてもどういう積もりで誘っているんだ?自分は男だ。間違いがないとも限らないじゃないか。ま、しかしだ。僕はそうなることを期待しているとも言えるし、況して僕は良い出会いを期待してここへ来たんだ。願ってもないことじゃないか、けど、この女はこうやってあの男二人も誘ったのではないかと一馬は思って婦人の顔を窺うと、何やら妖しい含みのある笑みを漏らしているので、これはとんでもないエロ女ではなかろうかという疑念が勃然と生じた。  そうこうして7階に着き、一馬と廊下を歩いて行く婦人は、心を探り合っているらしく無言であったが、一馬は133号室なので先に自分の部屋の前に来ると、「あの、僕の部屋はここです」と言って婦人の反応を確かめるべく態と足を止め、鍵を取り出そうとした。  すると、「えっ、遊びにいらっしゃらないんですの?」と婦人は訊きながら立ち止まった。 「あ、あの、今からでも良いんですか?」 「ええ、構いませんわ。だって私、寂しくってしょうがないんですもの」と甘えるように言うので一馬は一方ならずときめいて、「そ、そうですか、それではお言葉に甘えて」と誘惑されるが儘、婦人の部屋に入る事となった。  そこは日出の石門が見える一馬の部屋の朝日側とは逆で恋路ヶ浜が見える夕日側であった。このホテルはワンルームがないから一人でもツインルームで最上階のオーシャンビュープレミアムフロアだ。  まず恋路ヶ浜と海が見える大きな窓の手前に置いてある高級ラタンチェアに一馬を座らせた婦人は、アイスコーヒーの入ったタンブラーが二つ載ったトレーを持って来て高級ラタンチェアに挟まるように据えてある高級ラタンテーブルに置くと、彼と差しむかいで座った。 「私たち、名乗り合ってもいませんでしたのにこんな形で対面するなんてとても可笑しいですわ。おほほほほ!」  確かに可笑しいが、それにつけても今時の女とは全く違う丁寧な言葉遣いに上品な笑い方は生まれも育ちも非常に良い事を窺わせる。おまけに直に真正面で対面してみて所謂色白の水も滴るいい女だと判然とした反面、内情は謎のベールに包まれた儘なので一馬は、一体、何者なんだとすっかり彼女に囚われていると、婦人は笑い終わってから言った。 「私、竹下夢子と申しますの。あなた様は何と仰るの?」 「ぼ、僕は西崎一馬と申します」と一馬はまるでお見合いをしているように夢子の言葉遣いに合わせて言った。 「そんなにお硬くならないで」 「は、はあ」実際、一馬は急激に硬くなっていた。 「御歳はお幾つですの?」 「29です。あなたは?」 「あなたではお硬いわ。夢子と呼んでください」 「し、しかし、幾らなんでも初対面で呼び捨てというのは・・・」 「宜しいんですの。私、明治大正ロマンを抱く女で芸妓に憧れているのでございますから男女関係も当時のようにしたいと存じまして」 「と仰いますと?」 「ですからそのように男の方が女に対し敬語でお喋りになるのでなく一馬様は私を情人のお積もりで扱ってくださいまし」 「じょ、情人?」 「はい、私、恥ずかしながらMですの」 「はぁ?」 「どうぞご自由に」 「どうぞご自由にって、あ、あの、ゆ、夢子」と一馬は思い切って呼び捨てで言ってから急に夢子の兄のような態度になって、「君は一体、本当にどういう積もりなんだよ?」とタメ口になった。 「はい、実は僭越ながら私、地元で羽田小町の夢子と聞いて豊橋市民に知らぬ者はないという佳人で通っておりまして3年前22の時に選りすぐりの数少ない花婿候補の中でも将来性豊かな或る大学助教授と結ばれたのでございます。ところが、その方が一年前に病で急逝しまして以来、私は言わずもがな未亡人となって実家に帰ったのでございますが、何せ、お堅い旧家故、親の監視がきつく、どうにも雁字搦めになりまして出戻り女にありがちな欲求不満状態に陥ったのでございます。それでこの状況をどうしても抜け出したく思い、親元を飛び出して当ホテルに投宿する事になったのでございます。そして恥ずかしながら殿方の方々を誘惑しているのでございます」 「で、僕は何人目なんだよ?」 「あの」と言って流石に躊躇って、「5人目でございます」 「そりゃいかん。夢子みたいな令嬢が…親が知ったら泣くぞ。それどころか勘当だぞ」 「はい、覚悟しております」 「覚悟してるってこれからどうするんだよ?」 「パパ活しようと思っております」 「そりゃ尚更いかん。住まいはどうするんだよ?」 「ネットカフェに寝泊まりしようと思っております」 「そこまでして何で?」 「なるべく早くいい(ひと)と出会いたいんですもの」 「つまり何だ、欲望を満たすだけでなく品定めをして、その男を気に入ったら、あわよくば一緒になろうと、そういう腹かな?」 「い、いえ」と夢子は頓にもじもじすると、白皙の美顔を赤く染めた。「あの、一馬様とは特別に・・・あの、一馬様は何をされてるんですの?」 「ああ、まずは話してみて」 「ええ」と言って俯いてしまい、耳の付け根まで赤くなった夢子を見て一馬は確固たる手応えを感じて言った。 「僕は鯛の尾より鰯の頭と思ってベンチャー企業を立ち上げた実業家だよ」 「はぁ、そうでらっしゃるの」 「ああ、やりたいことは実現してきた。君を幸せにすることだって!これは僕のプロポーズさ。受け取ってくれるかい?」  夢子欲しさにいきなり一馬が迫ると、夢子は満開の桜のように花顔を華やかにして恥ずかしそうに頷いた。 「僕は何故いいんだい?」 「あの、一馬様は今までの人と違って私のことを親身になって心配なさっているのが手に取るように分かりましたし、私、率直に申しますと、一馬様がタイプなのでございますの」  そう聞いて喜びも一入になった一馬は、「そ、そうですか」と俄かに敬語に戻った。自分を慕う夢子に敬意を払う気になったのだ。「僕も夢子さんがタイプと言うか、男なら夢子さんのような美人は誰でも好きになると思います。が、しかし、僕は他の男と違って夢子さんの肉体だけを求めるのではなく中身の心を求めたいと思います」 「はぁ、それは全く私もでございますわ」と夢子は感激して答えた。 「そして僕はこんなことを言うのは時期尚早と言うか、軽々しいようですが、夢子さんを心から愛したいと思います」 「まあ!」と夢子は大感激して恥ずかしさも忘れて一馬の顔を一心に見入った。  すると、「夢子さん!」と一馬は突然、叫び、その思いが以心伝心したものか、「一馬様!」と夢子も叫んだ。  二人の間に急激に愛が芽生えたのだろう、我知らず呼び合ったのだった。そしてお互い両手を差し出すと、パッションが籠った恋心の勢いで握り合い、暫し顔に穴が開く程、見つめ合った後、一馬は夢子を抱き寄せ、唇を合わせ濃厚な接吻をした。それからどうなったか、それはこの成り行き通り愛の営みの続きをしたのであった。その熱い契りでべっとり掻いた汗を落とす意味もあって神島が正面に見える貸切露天風呂に混浴で入ると、又しても熱く契るのであった。 
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