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彼女の涙、貴女の泪
世界が正視できない。針で刺すように目頭が痛くて熱い涙が瞼を刺激してそれでつらい。
「ああもう、何で泣いてるの? なんで…」
「だって、こんな顔で死にそうになってんのに」
「そうだけど…。でも、私の魂が泣いてるように見えるのはなぜ?」
「え…っと…その…」
リアクションに困る。
「…えっと…何?」
「あっ。あの」
「うん」
言いたいことわかるというのは何となく心に刺さる気がする。
魂の涙に触れたい、これまでの人生で一度だけ試みたことがある。
心の痛みが、魂の傷が、あたしの思いを知ってほしいという魂の叫び。
それは、今にも魂の心の傷が開き、その痛みを思い知らせる。
「それと、これ」
彼女はスカートのポケットからプラスチック片を取り出した。
「これはなあに?」
あたしが受け取る。
「ほら、これ」
小さなメモリーカードを差し出す。
中には『貴女へのプレゼントです。〇〇より』というファイルがあった。
「なんで、そんなものあたしに?」
「この人のことが好きなんでしょ?」
「…そうですけど」
「中身の見方が解りますか?」
「いや、大丈夫です。それで、これを私に渡してほしいと?」
「そうですよ」
「えっと、ありがとう」
メモリーカードにはあたしの写真が張り付いていた。
『貴女が、ここにいる時に撮ったものです。これからも、いつまでも貴女を忘れないように…』
なんだろう。全身の血が逆流してほわほわする。とってもこそばゆいよ。
「良かったね」
彼女が横から覗きこむ。
「うん」
「君…何やってんの?」
背後から三年の男子が割り込んだ。
「…それが何か知ってるんですか?」
彼女は振り向くと先輩が「うん…」と頷く。
「ああ、僕は…」
あたしは察して彼を睨む。
「…」
「…ごめん、君の為にやったんだ」
「…」
「ごめん、君に酷いこと言って、謝らせてしまって」
「…」
あたしが無言を貫きとおす。
先輩はしどろもどろに言う。
「…なんで怒ったし…俺は君のこと怒ってないよ。ただ単に、そういう考えの人なのかなって思ってる、ただそれだけ」
「あたし、単細胞じゃないし」
「やっぱり、君は自分が何とかしなきゃって思ってるんだ」
「そっか」
こういう事に対して人は臆病になるのかもしれない。あたしも自分の事しか考えていなかった事がそんな事に愚かだったのか気付き始めてしまった。
「君は多分、悪い奴じゃない…」
「…何が」
ずいぶん勝手な男。あたしのことを望遠レンズで追いかけてた癖にピンボケ。
「君は何も悪くない。ただ君の考えなんか、君独自の考えなのかも知れない」
「そんな」
彼はあたしの事を考えているつもりで慰めてくれる。なのに、何も出来ない。それに、あたしは本当に最低だ。何も無い、何も言ってない…
「君が俺を責めるのもいいけれど、もし俺が君のことを本気になれていなかったら…もう一度、俺に助けてくれと言ってくれ」
「あたしには…そんなことできないから…」
どうしてストーカーに自分探しのボランティアを頼まなきゃいけないの。
「俺が頼んだからな?」
「…」
「俺は君に何もしてやれなかった。悪いと思ってる。でもこれだけは、約束する」
「…ありがとう」
「…俺…このままじゃダメだから…」
聞いているうちに彼さえも気づいてない苦しみに気づいた。
…あたしが何で構ってやんなきゃいけないんだ?
…あたしには何も守れないのか…?
そこで助けてあげることにした。
「…ごめんね、もう…」
あたしは思い切って彼に告げる。
「…?」
「…あのね、あたしの事は忘れて」
「どうして?」
「あたしが好きだって言ったから、あたしは貴方を助けなきゃいけない。だからさ、もうあたしを追いかけないで」
…あたしは今、一体何をしているんだろうか。
こんな事をしたい気持ちなんて、これっぽちも無いあたしがいる。
今のあたしを認めてくれた彼を信じるって、そんな訳もなかったのでもっと強く気持ちをぶつけたい。
それだけではなく、あたしは本当は誰か大切な人の事を忘れたい存在だったんじゃないかという自責の念に駆られていた。
「…」
「…今も忘れられないかなって」
「…何が?」
「君の事をずっと考えてた。君が何も悪い人じゃなくって、悪い人じゃないって」
「…うん」
「私、好きなんだよね。あの、好きな人の事、大好きなんだ」
「……」
彼はあたしの事をずっと見ている事が出来ないと思うくらい真剣な目をして、私にどんな言葉をかけるんだろうかと思っていたのに、そんな彼に向かいあたしの想いは言葉を発するまでに時間が掛かってしまっていた。
「あのね、あなたと付き合えたら本当に幸せだったの」
「うん」
三年生の『男子』は制服のスカートを煩わしそうに整えた。
「でもね。手術をしてまで男にならなくていいのよ。あたしは家庭の事情で学校を辞めるけど、社会に出たら色々な大人の女に出会うし、心と体が一致しないままでも自分らしく生きている人にも巡り合えると思う」
先輩の瞳がうるんでいく。
「そうしたらね、もっと楽な生き方を見つけて教えてあげられるかも」
「浮気しないって約束してくれる?」
先輩は踏絵をつきつけた。シェーキーズのボックス席。パスタとピザをドカ食いするあられもないJK二人。どうってことない一枚だけと二人は女友達の関係じゃない。
「ああ、もう一度行きたいね。でも彼氏連れだと空気が割れる」
その一言で先輩はうなづいた。
「いいよ。それまでにいっぱい勉強して山ほど資格を取って君を一生やしなえる仕事につく。ガラスの天井厚いけど…」
あたしは、先輩を励ました。
「破れるとおもうよ。いや、二人で競争しよっか」
「そうね!」
「じゃ、記念に一枚」
先輩はスマホをドローンモードで飛ばしてパシャリとやった。
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