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「高校は行けるようになったのかい? 君の様子は気になっていたんだけどね、いつまでも、ひとつの事件の被害者に会いに行くことはできなくて」
どこか申し訳なさそうにそう告げる真崎に、椋は首を振る。
「いえ結局、高校は中退しました。気にかけていただいて、ありがとうございます」
ただの刑事とその担当事件の被害者という関係性において、真崎が犯人逮捕以外にできることなどない。そして、すでに真崎は自らの責務を果たしている。椋のどこか達観したような感謝の言葉を締めくくりに、また少しの間、沈黙が続く。
と、気まずいタイミングを見計らったかのように、皿に乗せたホットサンドと、椋専用のカップに入ったコーヒーを、広斗が両手に持って運んできた。
「椋さん。コーヒーと、ホットサンドです」
広斗は言いながら、一つずつコトンと小さく音をさせてテーブルの上へと置いていく。カップの取っ手は椋から見て右手に向ける。そうすることで、椋が物の位置を把握できることを知っているのだ。
「ありがとう。いただきます」
椋はさっそくホットサンドへと手をのばす。食パンの耳をつけたまま焼き上げているホットサンドは、持っただけでたっぷりと中に詰まった具材の重みが手に伝わった。歯を立てると、カリッと小気味好い音が響く。中に入っているのは卵フィリング・ハム・チーズ・アボカド。それぞれの具材の味はブラックペッパーを効かせていて、ホテルで出てくるもののような、本格的な味に仕上がっている。
「ちょっと焼きすぎちゃったかな。もう少しふんわりさせてもいいかなと思ったんですけど」
広斗は反応を窺うように椋を見る。
「いや美味しいよ。焼き加減はちょうどいい」
「うん、見ているだけでも美味しそうだ。わたしも頼めばよかったかな」
真崎の少し冗談めかした言葉に、三人の間に小さく笑いが漏れる。先程までの気まずい空気が払拭された。
「広斗は料理が趣味なんです。いつも美味いもん食わしてもらってますね」
「わあ、嬉しいこと聞いちゃいました」
言葉どおり嬉しそうに声を弾ませ、広斗は椋の横へと腰掛けると、興味深そうに真崎のことを見つめる。
「真崎さんと椋さんは、どういうお知り合いなんですか?」
広斗は昔から、話す人の目をまっすぐに見る。そう教育されて育ったためについた癖のようなものだが、真崎のことは、よりいっそう見定めるように観察していた。
「真崎さんは、あの事件を担当してくれた刑事の一人なんだ」
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