第一章 訪問者 -3-

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 部屋には控えめの冷房がかかっていて涼しいが、椋は無意味にシャツの袖を捲くった。事件のときは世話になったが、九年も前の話だ。当時の椋はろくな会話ができる状況でもなかったし、親しい間柄という訳でもない。  ――さっき、相談があるって言ってたよな。それを聞けば良いんじゃないのか?  と、椋は自分自身で思う。しかし、どう切り出したら良いものなのかも、普段広斗以外の人間とまったく接していない彼にはわからない。  椋がまごついている間に、真崎が口を開いた。 「広斗くんとは、この家で一緒に住んでいるのかい? お友達?」 「ああ、はい。友達の、弟なんですけど。彼の通っている大学に、実家より俺の家の方が近いので、同居しているんです。家のことも色々やってくれています」  広斗と椋の関係を端的に言い表すのは、なかなか難しい。友人関係には違いないのだが、友達と言い切るには、年齢的な上下関係があるような、ないような。 「そうか。君が一人でもなく、元気なようで良かったよ。この家にまだ住んでいたとは、驚いた。おかげでこうしてまた会うことができたのだが。さっき、家にマスコミや不審者も来ると言っていたが、どうして引っ越さないんだい?」  真崎と椋は個人的に連絡先を交わしてはいなかったので、椋が引っ越していたら、もう二度と会うこともなかったに違いない。  しかし、椋はあの惨劇が起こった家に、いまなお住み続けている。殺人の起こった家からは引っ越すのが一般的な感覚だろうが、椋にはその気がなかった。 「そう……ですね。お金もないですし」  嫌な記憶があるとはいえ、家族との想い出が詰まっている家を出たくない、という心情面もありつつ、大きな要因は金銭的なことだ。  遺産に加え、父の多額の生命保険金と遺族年金が出ているため、現状で金に困っている訳ではない。しかし椋は、極力の節約をするよう心がけていた。  事件のあと、結⽃をはじめとして周囲の⼈々からサポートを受けたが、暴発する能⼒を抱えた状態では、どうしても元の⽣活に戻ることはできなかった。  ⼆年⽣に進級はせず高校を中退して以降、椋は何の職にも就いていない。簡単なアルバイトにすら出かけたこともないので、彼には、自分がよっぽど世間知らずのまま生きているという自覚があった。ろくな学歴もなく、さらに視覚に障害を抱えた状態で、これからも働けるようになるとは思えなかった。 「仕事はしていないのかい? 能力のせいで?」 「はい」  問いかけにそれ以上の返答をすることができず、椋はただ頷きだけで済ませる。  真崎の質問は続いた。
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