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椋がホットサンドを嚥下し説明する。コーヒーカップに手をかけ、一口飲んで喉を潤してから言葉を続けた。
「あのとき、俺が幻覚で犯人を見たことを、唯一本当に信じてくれた人で……真崎さんが捜査方針を変えて、犯人を捕まえてくれたんだ」
事件の直後、椋は精神状態の不安定さから入院していた。警察はその間に捜査を進めており、椋も数多くの事情聴取をされた。
医者やら刑事やら、あらゆる人間が入れ替わり立ち替わりで病床にやってくる。トラウマに苛まれながらも、家で実際に見た光景と、幻覚の中で見た光景の違い、そして犯人の姿について、椋はできる限りの言葉を尽くして何度も説明した。自分は犯人の顔を見ているのだという自覚があり、犯人を捕まえて家族の仇を取って欲しいという切なる想いがあったからだ。
しかしほとんどの者は、椋の言葉を信じなかった。一見親身になって話を聞いてくれたとしても、それは彼の治療のために、信じたふりをしているだけだった。彼の話はただの幻覚で、その精神不安からくるものだと、まともに取り合ってもらえなかったのだ。
そんな中、椋の言葉をすべて信じた唯一の刑事が、ここにいる真崎だ。彼は連日椋の病院に足を運んで捜査状況を報告し、犯人逮捕にまで漕ぎ着けた。
椋が手短に説明をすると、真崎は穏やかな笑みを浮かべる。
「たしかに手錠をかけたのはわたしだが、犯人を見つけたのは、間違いなく椋くんの力だよ。……実はね、今日わたしがここを訪ねたのも、椋くんのその力について、お願いがあるからなんだ」
「お願い、ですか?」
いよいよ話が本題に入ったのを感じ、椋は、齧っていたホットサンドを皿に下ろした。横に座る広斗の体が僅かに強ばる。
真崎は椋を見つめたまま話しはじめた。
「このたび、刑事課の中に新しく『異能係』という係が作られることになってね。わたしがその係長に就任することになったんだよ」
「それは、おめでとうございます」
「ありがとう」
昇進の話かと思って一応祝辞を述べた椋だったが、真崎の表情は浮かない。視覚を塞いでいる椋はもちろんその表情を目にすることはないが、声の調子から、彼が単純に喜んでいるわけではないことは察することができた。
「異能係は、警察内部にはない能力を持つ外部の者の力を借りて、いままでの捜査では解決の難しかった事件を解決しよう。と、こういう意図で作られた係なのだが」
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