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第一章 訪問者 -1-
気がつけば、少年は自宅の玄関ポーチに立っていた。秋めいてきた冷たい風が吹き抜け、寒そうに首を竦める。
目の前にあるドアにはアラベスク模様の曇りガラスがはめ込まれた小窓があり、そこからオレンジ色の灯りが漏れ出している。電気がついているのだから、家族が在宅していることは確実だ。ならば、ドアに鍵はかかっていない。手を伸ばし、プッシュプルタイプのドアノブを引っ張って開けるだけで温かい家の中に入れる。
自宅の玄関前に立てば誰もが当然のようにやることなのに、少年にとっては、たったそれだけの動作がひどく怖かった。彼は、⾃分がいま夢を⾒ていることを⾃覚していたからだ。
少年の名前を霧生椋という。学校指定のジャージを着ている彼の⾝⻑は百六⼗五センチ。顔⽴ちが妙に整っていることを除けば、どこにでもいる平凡な男⼦⾼校⽣だ。
しかし、現実の椋の年齢は⼆⼗五歳である。つまり⼆⼗五歳になった椋が、⾃分が⾼校⽣だったときの夢を⾒ていることになる。
これは、幾度となく⾒た夢。そして、実際に起こった過去の完全なる再現であることを知っている。
――だから、怖い。
夢を見ている椋は、踵を返して逃げ出してしまいたかった。しかし彼の体は感情に反し、過去をなぞってドアノブに手をかけた。軽く力を入れて引き、灯りのついている玄関へ入る。
「ただいま」
かけた声に返事はないが、リビングからはテレビの音が聞こえてくる。テレビがついているのならば、そこに家族がいるはずである。
「ただいまー。母さん?」
肩にかけたスポーツバッグを床に置きながら靴を脱ぎ、リビングへ足を向けた。椋がいつも使っているスリッパが玄関からなくなっていた。
――おかしいな。出かける前は、ここに置いていったはずなのに。
夢の中の椋はそう違和感を覚えながらも、靴下のままで廊下を進む。
帰宅は二日ぶりだった。当時高校一年生だった椋は、シルバーウィークを利用した部活の強化合宿に参加していたからだ。
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