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わが国は稲作の伝来とともに米を大切にして暮らしている。その民族が生米を人にむかって投げる。ライスシャワーなる儀式は誰が考えたのだろうか。
「おめでとう」
と新郎、新婦に友人がお米を投げている。
どうやら古代ローマの儀式らしい。日本人が考えるはずもない。おばあちゃんに怒られる。
名古屋市の布田教会。名古屋の女性なら誰でもあこがれる由緒ある教会だ。結婚式を終えた神山夫婦が階段をゆっくりと笑顔で下りてゆく。ライスシャワーはともかく自分の仕事をしなければ。参列者の中をすり抜け新郎の横にたどり着いた。
「おめでとうございます。お友達にも『ことぶき結婚相談所は、よかったよ』とお話しくださいね」
と念押しした。
「ありがとうございます。岩井さんのお陰でこんないい奥さんとめぐり逢えたので、絶対話しますよ。ことぶき結婚相談所は最高だよって」
と新郎の神山様も満面の笑顔だ。新規の相談者は来るはずだ。
6月の日曜で大安。最高の条件だ。逆に悪い事で例えるなら、天中殺の仏滅の13日の金曜日といったところ。神山様の結婚式を終え事務所に戻る。事務所は名古屋市の東部、富士丘駅北口から徒歩5分。ことぶき結婚相談所の福田と吉川は電話と来客で大忙しだ。
福田寿郎は入社5年目、27歳、独身。かなりのイケメン。私ほどではないが。仕事もてきぱきとこなし相談者からの評判も上々。
吉川都はこの春、大学を卒業して入社したばかりの22歳。まだ仕事に慣れてないがとにかく明るい。目がぱっちりとしてショートヘアも似合っている。吉川のおかげで汚い事務所が明るくなった。
「帰りましたよ」
「遅いですよ。相談者はたくさん来るし電話は鳴りやないし、朝から大変な
んです」
と福田はお怒りだ。
「悪い、悪い。二人のねぎらいにと思ってネギ焼き買ってきたよ」
とおみやげの袋を掲げた。
「早く仕事してくださいよ」
吉川も笑いながら書類の整理をしている。
ことぶき結婚相談所。創立は昭和40年。私の親父が創業者。50年以上の歴史がある。信頼と実績が最大のセールスポイント。私、岩井大吉が二代目所長。現在48歳、独身、結婚歴なし。……。
二人は一段落してネギ焼きを食べている。
「質問していいですか」
吉川がネギ焼きをほおばりながら聞いてきた。
「何でもどうぞ」
私の貫禄あるところをみせてやろう。
「所長はどうして独身なんですか」
いきなりの質問だ。
福田はネギ焼きを吹き出しそうになっている。
「『なぜ結婚相談所の所長が結婚していないのか問題』だね」
どう切り抜けるか。
「私は結婚する気は満々だぞ。どんな人が向いているのかは既に調査済みだ。あとは縁の問題だ。私にぴったりの相手が現れれば、明日にでも結婚するぞ」
うまく切り抜けた。
「ぴったりの相手ですか」
と吉川は嬉しそうである。
「所長、髪がオールバック、黒縁メガネで礼服姿って、演歌歌手の専属司会者みたいですね。」
吉川の攻撃は止まらない。
「惚れたらいかんぞ」
冗談で切り抜けた。福田は背を向けているが肩が小刻みに揺れている。
食べ終わった後、福田が吉川に仕事の指導をする。
「もう一度、説明するね。相談者に相談者カードを書いてもらう。住所、氏名、携帯番号、趣味、どんなお相手と結婚したいかという希望だね。最後に写真撮影。これで相談者カードが完成」
と福田は説明する。
「わかりました。そのあと相談者カードの情報をパソコンに入力ですね」
吉川が質問する。
「いや。カードを書いてもらったら大切に保管する。それで終了」
福田が笑いながら話す。
「パソコン使わないんですか」
と吉川は驚いている。
「パソコンは要らない。お客様のデータは頭の中だ。今の社会はパソコンに頼りすぎるから問題が起きる」
私からビシッと話す。
「相談者は現在男性約200人、女性も約150人いますよね。私、自信ないです」
吉川は口をとがらせる。
「AIやアプリを多用する時代ですよ」
と心配顔だ。
「相談者カードがあれば大丈夫。手書きカードで管理する。手書きの文字には人柄が現れる。お客様の気持ちが伝わってくる」
と所長らしいところを見せた。
吉川はしぶしぶ頷いていた。
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