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 街の木々が赤や黄色に色づいてきた。私は仕事が落ち着いたので事務所近くの喫茶ツルカメでコーヒーを飲む。 マスターは父の同級生。私もこの店には昔からよく来ていた。 「どうだい。仕事は」 マスターが話かけてくれる。 「少しずつ新規の相談者が減ってるんですよね」 首を捻りながら答えた。 「やっぱり婚活パーティーなんかが若い人はいいのかね」 マスターはカップを片付けながら話す。 結婚相談所の今後の件を話していた。 福田と吉川のコンビが駅前のチラシ配りを終えて入ってきた。 「やっぱりここでしたか」 と福田が慌てて話す。 「どうやら南口に新しい結婚相談所ができるらしいです」 「ハッピーコンサルタントという会社で人気があるみたいです」 と吉川も早口で話す。 「少し前に聞いてたけどね」 窓から少しだけ見える新たにオープンする結婚相談所の様子を眺めていた。  ハッピーコンサルタント名古屋東支店。駅の南口にオープンする。この会社の本社は東京で全国展開している。スタッフも若い女性が中心。やさしい雰囲気と安い登録料で相談者を集める。お見合いから結婚式まですべて担当。パソコン診断で相性を徹底診断する。数年前に名古屋駅前店は開店し、いよいよ名古屋東支店が来月開店する。大手との全面対決となった。  特徴は相手を全国から探せるということと、登録料がことぶき結婚相談所より格段に安い。当然、新規の相談者が奪われてしまうだろう。二人とも心配している。 「大丈夫。ウチは50年の信頼と実績がある」 私は冷静に話した。 「ハッピーコンサルタントの支店長はすごく美人らしいですよ」 吉川も心配している。 「高砂幸子だろ」 冷静に答えた。 「知ってるんですか」 福田が驚く。 「高校の同級生なんだ」 話しながら高校時代を思い出していた。  高砂幸子とは近所で仲も良かった。高校時代は一緒に帰ったこともあった。 よくコンビニに寄ってジュースを飲みながら話をしていた。 「幸子は将来、どうするの」 「ブライダル関係の仕事にしようかな」 「うちのライバルになるよ」 「冗談、冗談」 といって笑っていた。 それが現実になってしまった。 「じゃあ、高砂さんは元カノなんですね」 吉川は嬉しそうに聞いてきた。 福田は飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになっている。 「いや。幼なじみだよ」 と今回も見事にかわした。 「そもそも、どうして所長は結婚相談所を仕事にしようと思ったのですか」 吉川は再び聞く。 マスターも福田も神妙な顔になる。 「少し長くなるぞ」 前置きして話しはじめた。  ことぶき結婚相談所は父が昭和40年に始めた。最初は相談者が全くいなくて、かなり苦労した。5年ほどでやっと軌道にのったときに私が生まれた。父も母も懸命に働いて実績を作ってきた。ようやく名古屋で信頼される結婚相談所と呼ばれるようになったとき事件が起きた。  父が突然いなくなった。それも不倫相手と失踪した。 私が大学生のときだ。父には全く連絡がつかない。どうしたらいいのかわからない。 「後をたのむ」 置き手紙が一通あるだけ。一番つらかったのは母だ。それでもショックに落ち込んでいる暇もなかった。しかたなく母は一人で仕事を続けた。私も手伝った。私は一般の結婚式場に勤めてから継ぐつもりだった。しかし、母の疲れた背中を見ていたらそんなことは言えなかった。卒業して正式に入社した。母と二人。悔しい思いを抱えた結婚相談所。母と結婚相談所をやめようと話したこともある。不幸のどん底にいるのに幸せのお手伝いなんかできるわけがないと母に訴えた。 それでも母は 「ここで辞めたら終わりだよ。お父さんが、ふらりと帰ってくるかもしれないじゃない。その時のために続ける」 といった。 母は我慢して仕事を続けた。相談者の方に幸せな結婚をして欲しくて歯を食いしばって続けてきた。  そして5年前、福田が入社してくれた。これで楽になると思った。すると今度は母が病気になり、近くの医大病院に入院した。それからは私と福田の二人で結婚相談所をやってきた。 仕事の合間に母の病院にも行った。 だが、母の病気は治らず2年前に天国へと旅立った。 「本当にありがとう。今度は、お前が幸せになるんだよ」 母の最期の言葉だった。 それでも父の連絡先はわからない。 父はもう亡くなっているのかもしれない。 「相談者には幸せになって欲しい。最後まで夫婦として仲良く暮らしてほしいと思うんだ」 と私の思いを話した。 翌週、喫茶ツルカメで高砂と二人で会うことになった。
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