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 年末、駅周辺マンションへのチラシの配布が終わると今年の仕事も終わりだ。三人でチラシの配布を終え事務所に歩いて戻る。 「でも何が起きたんですか。急にハッピーコンサルタントの開店中止って」 吉川が目を大きくして話す。 「向こうの本部の問題らしいよ」 私も驚いた。  高砂と会った翌日、ハッピーコンサルタントの緊急会議があった。国税局が本部へ捜査に入るらしい。脱税容疑だ。当然、仕事に影響が出る。そこで急遽、業務縮小に踏み切った。営業は東京本店と近郊店のみ。全国の店舗は閉鎖する。したがって名古屋東支店の開店は急遽中止。また全社員の8割にも上る大量の退職者を募った。 「とにかくライバルがいなくなったんですね。何か神様がいるみたい」 吉川は嬉しそうだ。 「そういうことだね」 福田もホッとしていた。 ゆっくり歩きながら事務所に戻った。 「帰りました」 吉川が事務所の扉を開けた。 「おかえりなさい」 と明るい声の女性が出迎える。 高砂幸子である。 高砂はハッピーコンサルタントを退職し、ことぶき結婚相談所の一員となった。 「何か夢みたいです。ずっと悩んでいたから」 ニコリと笑う。 まさに急展開だった。 一時は、ことぶき結婚相談所の存続さえ危ぶまれた。 ところが、一転してハッピーコンサルタントの大量の顧客まで来ることになった。大忙しだ。それに高砂幸子まで入社してくれた。 それからは私と高砂は良きパートナーとして相談者の対応やお見合いも順調に進めた。結婚するカップルも相次いだ。 彼女と一緒に仕事をしているときが何よりも充実していた。お互いに信頼し尊敬して いた。二人でいっしょにいる時間がとにかく楽しかった。 そして数か月が経過していた。何もかもが急だったが、私と幸子は結婚することになった。すべては、あの喫茶ツルカメの再会から始まった。 さっそくマスターに結婚の報告をした。 「よかったね。君たちが結婚すればいいのにと思っていたんだよ」 マスターも喜んでくれた。 「あ、この手紙を預かっていたから、渡しておくね」 白くて分厚い大きな封筒を渡してくれた。 中を開けて驚いた。 失踪した私の父からの手紙だった。 大吉へ 迷惑をかけた情けない父親だ。 もうお前には会うことはないだろう。 だからこの手紙を書かせてもらう。 母さんとお前には、とんでもないことをした。 本当にすまなかった。 母さんが病気で亡くなったと聞いた。 葬式に顔も出せず申し訳なかった。 結婚相談所も順調にやっているようで感謝している。 すべてお前の実績だ。自信をもって続けてくれ。 家を出てからのことを書くことにする。 私はあのあと東京へ行った。女とはすぐに別れた。 といって、のこのこ戻れないと思い 東京で仕事をした。 それがハッピーコンサルタントの前身 ハッピー結婚相談所だ。 小さな会社だったが急に大きくなり ハッピーコンサルタントと名前を変えた時に 私は独立し小さな結婚相談所をはじめた。 ただ、ハッピーコンサルタントの拡大の仕方が異常 だったことが気になっていた。 私がまだハッピー結婚相談所に在職していた時 親しくなった経理の人に話しを聞くと 会社は脱税をしているということを知った。 世話になった会社でもあり 私の胸に一生しまっておこうと思っていた。 だがハッピーコンサルタントが全国に展開し 名古屋の富士丘駅に支店を出すと聞いた。 ことぶき結婚相談所の近くだ。 このままでは、大吉が危ない。 どうしたらいいのか、悩んだ。 しかしハッピーコンサルタントの出店だけは止めさせたい。 大吉へのせめてもの罪滅ぼしに、私は告発をした。 それから先のことは、ニュースのとおりだ。 私も先は長くない。何を言われてもいい。 ただ大吉に幸せになって欲しいだけだ。 結婚おめでとう。 今度はお前が幸せになるんだ。 あと、同封した金はご祝儀として受け取ってくれ。 という手紙といっしょに三百万円が入っていた。 父が、この結婚相談所を守ってくれたのだ。 母の最期の言葉と同じ言葉が書かれていた。 手紙が滲んでなかなか読めない。 「『喫茶ツルカメ』という名前も親父さんと相談して考えたんだよ。 来店したカップルが結ばれるようにという思いをこめて」 とマスターはウインクした。 振り返ると幸子も微笑んでいる。 店内を見ると奥の席で福田と吉川が二人で仲良く食事をしていた。 平日だったが、6月の大安に布田教会で私と幸子は結婚式を挙げた。気持ちのいい晴天だった。教会から出てくると、福田や吉川、神川様夫妻、羽柴様、松平様も参列していた。 ライスシャワーの中を幸子と歩いた。 これだけは言いたい。 一生に一回ぐらいはライスシャワーもいい                                終
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