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魔物の荒々しい咆哮に虚を衝かれた青年は崩れる様に尻餅をついた。見上げた窓の向こう側は魔物の怒りを写す赤銅色の雨霰。青年は死を覚悟した。だが徐々に雨脚が弱まるにつれて状況が変化し始める。
「.......そうだ。イカサマはルールで禁止していなかった。やはり貴様の勝ちだ。さあ喜べ!宝はお前の物だ!」
「だからお宝はいらないと先程から何度も言っています! もしかして言葉が通じていないの!?そう言えばずっと会話が噛み合っていなかった気がするけれど.......」
雨が止むと魔物は友好的になっていた。相変わらず青年の言葉には耳を貸さぬままではあるが上機嫌で賞賛の言葉を放っている。
「貴様と会えて幸運だった」
僕は不運だった。とはとても口に出せない。勿論目の前に差し出された鉄の臭いが染み込んだ赤黒い右手を払い除ける事などもってのほか。だが執拗に催促する魔物の圧に屈した青年は引き攣った愛想笑いを浮かべて魔物と握手を交わした。
だが──その瞬間、魔物は黒い身体の中心から閃光を放ち自爆。
激しい爆風と閃光。両手を顔の前に翳す青年。世界は一瞬で無に染まった。
夕刻を告げる黒い鳥の鳴き声で青年は意識を取り戻した。虚ろな瞳に飛び込んだのは針葉樹の隙間から覗く茜色の空と雨の名残を残す草の雫。山小屋は無い。
クラクラする幻夢の余韻を振り払う様に青年は機敏に立ち上がった。泥に汚れた左手の袖を捲る。高価な装飾を施した銀時計の針がショーの打ち合わせ時刻まで迫っていた。
「まだ間に合いそうだ」
青年は素早く襟元を正すと夕陽を背にした方角へ足早に歩き始めた。
急がなければ。これ以上何かの不運に巻き込まれたらお終いだ。
「おい。豚野朗。報酬を忘れているぞ」
聞き慣れた魔物の声がした。振り返ると屹立する老木の真下に草に塗れた小山が見えた。中心に佇む墓碑を想起させる半円形の石の底からは黄金色の光が漏れ出している。何が埋まっているのかすぐに検討がついた。
あれ程いらないと言ったのに。間違いない。やっぱりコイツは......
青年は右袖の中に隠し持っていた【Aとすり替えたスペードの2】を投げ捨てると緊張の面持ちで深呼吸をひとつした。
不運のカードの処分は終えた。だがあともう一つ、最後の大仕事が残っている。
「大変ありがたいお話ではございますが......」
大丈夫、日本語ならきっと伝わる筈だ。
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