一言に賭ける

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──これはドイツ南西部。フランスと国境を接する山岳地帯。黒い森【シュヴァルツヴァルト】の奥で起こった不運(アンラッキー)な者達の物語。    あまりいいカードを引く事が出来なかった。  黒い瞳に写る【スペードの2】。手に隠した一枚のカードにずぶ濡れの青年は思わず溜息を洩らした。一方、テーブルを挟む金髪の大男の方は蓄えた口髭を高く持ち上げる。  青年の黒い背広の先から滴り落ちる雨水が冷や汗の様にポタリ、ポタリと椅子の下で音を立てている。 『お前も早くコッチ側に来いよ』 『ツイていないのは俺達と同じだろう?』  青年の背後を纏わりつく二体のごろつきの亡霊達が囁いた。皮一枚で繋がる首。喉元から噴き出す血はぴゅうぴゅうと笛の音を奏でている。  やがて青年の手持ちのカードを覗き込んだ二つの首が彼の不運を交互に揶揄い始めた。 ──うるさい!まだゲームは終わってはいない!  青年は顔を顰め亡霊を手で激しく追い払った。二体は乾いた笑い声をあげて闇に消える。『次はお前だ』と怨蹉に塗れる捨て台詞だけが頭の片隅に残った。  違う。全ては己の恐怖心が生み出す幻だ。青年は動揺する自分の心に言い聞かせる。  部屋の片隅に折り重なる二体の血塗れの骸。このゲームに負ければ次は自分だ。そう理解しているからなのだと。  
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