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「ふぅっ・・・・・」
ヌメッとした全ての感触から解放された私は、鏡を見つめる。
猫耳のように左右の髪が盛り上がっている滑稽な髪型は、あの極悪令嬢とは似ても似つかない。
「・・・おつかれ 真莉愛・・・」
自分でもおかしいと思うが、そう呼びかけてしまった。
シャワーついでに風呂にも入ってしまおう。言葉通り布一つ纏っていない体でしゃがみ込み、適当につかんだ入浴剤を引っ張る。今日は・・・カモミールか。悪くない。
空っぽのバスタブに腰をおろし、ぬるいシャワーを注ぐ。ラムネと化したエメラルドグリーンの球体は、心地よい香りとともに脆く崩れていく。
その香りと、流水のサラサラとした音色は、すっからかんの私の体にしっとり染み込んでいく。
ふぅっ・・・・・・
その安心感からか、再びため息を漏らした。さっきまで暑さをうっとおしく感じていたのが錯覚のようで、ほんのり温かな感触と香りは私の体を慰める。
『真莉愛 マジでクズキャラ。職場で浮くタイプ』
『遥ちゃん かわいそー』
『早く助けに来い 弘樹』
『遥 超絶天使!いつも癒やされてる!そして真莉愛の再現度エグすぎる・・・。』
遥は全ての視聴者に愛され、真莉愛は全ての視聴者に嫌われる。コメント欄ほどそれを具現化したものはない。
真莉愛は悪者だ。我儘いっぱいに育てられ、両家が決めた婚約者である弘樹と仲を深める遥が目障りで仕方ない。どんな手を使ってでも遥を壊そうとする非道な女。
それが私に与えられた役柄だ。
『真莉愛演じてる人のこと もう真莉愛にしか見えない(笑)』
真莉愛として見られることも、慣れたはずだった。
だけど・・・・・・時々一人でいると、何か胸の奥に詰まっていたものが溢れ出しそうになる。何度かそれで吐きそうになった。
「・・・・・・」
無心のまま、溜まったお湯を手で揺らす。チャプン・・・チャプン・・・と、寄せては返す波となって、黄緑色の液体はユラユラと輝いていた。
その揺れを感じながら、顔面から思い切りシャワーをかぶる。ジュワッと包み込むようなぬくもりと共に、一つ また一つと さっきまでの苦言が流れていく気がした。
残るのは、1日ぶりに潤いを取り戻した体と、カモミール。
久しぶりに出かけよう。
私は、タオルでゆくもりを拭き取った。
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