「オフ」

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「夏子さん・・・?」 レストランを出た私は、聞き覚えのある声に振り向いた。大きく被った麦わら帽子に押された前髪から、透き通る澄んだ瞳が覗いている。 「・・・由佳ちゃん?」 「こんなところで遭うなんて・・・」 遥でも、空でもない。私は彼女を実名で呼んだが、互いに気まずい空気が流れる。ドラマの中では敵同士・・・だがそれ以前のことだ。 彼女・・・由佳は、手元の箱をバツが悪そうにしまった。 「あぁーーー・・・」 「タバコ・・・吸うんだね」 「えぇ。お酒も少し。こんな姿撮られちゃったらマズいんですけど(笑)」 オーディション番組からブレイクしたアイドルグループ「Poppy」のメインボーカルであり、演技の評価も高い清純派・・・小日向(こひなた)(そら)改め、小林由佳は、近寄りがたいイメージの私とは正反対の綺羅びやかな存在だ。 「・・・夏子さんの私服、初めて見ました。初め誰だか分からなかったです。」 「そう?」 どう返答したら分からず、とりあえず笑っておく。フードコートで買ったコーラを一口飲むと、由佳は遠くを見つめた。 「いつのまにか、こんな所ができたんだーーって、仕事帰りに来ちゃいました。」 「お仕事だったの?」 「えぇ、雑誌の撮影と、テレビの収録で・・・4時起きです(笑)」 由佳は笑う。しかし、その目下には薄っすらとクマができていた。 「そうだったの・・・」 大変だね  とも、お疲れ様  とも、言えなかった。大変なのも、疲れているのも、見ただけで明らか。そんな時に、どんな言葉をかけたら良いのか、正直分からなかった。 普段あまり話したことがなく、沈黙が流れる。私と由佳の目線の先には、私がワンピースを濡らした水浴び場が見えて、炎天下の中、小さな子どもが楽しそうに群がっていた。 「あんな風に、自然に笑えたらなぁ・・・」 突如  由佳が呟いた。えっ・・・?という表情で私が見つめているのに気づくと、由佳は口元を緩ませたまま、視線を下に向けた。 「・・・この間、笑顔がわざとらしいって書かれてたんです。20歳であの可愛いっ子ぶりは厳しい  とか、見た目が良いと演技もうまく見えるけど所々素人  とか」 ・・・あの小日向空が? 私とは違う次元で生きているような、あの子が・・・? 「そう・・・だったの・・・」 「なんかすみません。こんな話持ち込んじゃって・・・でも・・・自分でもどうしたらいいか分からなくなっちゃって・・・」 キュッ・・・・・・と、ビニルカップが握られる。それは、彼女の胸の内を体現しているようで、それでいて彼女の口元が相変わらず笑っているのが、何だか切なかった。
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