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突然の出来事
それはあまりに突然の出来事だった。
限定のアイドルグッズが欲しくて、父に車を出してもらったのは、土曜日の午後のことだった。
「お父さん、お願いっ!! たっきゅんの限定グッズ、どーしてもほしいのっ!」
娘の頼み事には嫌な顔を見せない父だった。
「しかたないなぁ、かわいい穂香のためだもんな」
「お母さんも付き合うわ。陽斗に出かけるってメールしとくわね」
両親にとって、わたしは念願の娘だったらしい。当時小学生だった私は、娘のお願いを断らないのは普通のことだと思っていた。
「兄さんは今日も部活の練習?」
「そうよ。高校バスケの全国大会が近いんですって」
「兄さんなら、大活躍まちがいなしだね!」
「陽斗はお父さんに似てるからな」
「あら、わたしに似てるのよ」
車の中で両親と楽しく話しながら、隣町の大型ショッピングセンターへ向かった。何気ない一日で終わるはずだった。
「穂香、ママ、ふせろ!!」
「穂香!!」
視界に飛び込んで来たのは、隣のレーンから突っ込んできた車。隣に座っていた母が、私におおいかぶさってきたことまでは覚えている。
そこで私の記憶は、ぷつりと途絶えた。
「……ほのか、穂香! 大丈夫か!?」
「にいさん……?」
私を呼ぶ声で目を覚ました。
目を開けると、私はベッドに横になっていた。周囲に看護師さんもいる。どうやら病院らしい。
「私、どうしたの? お父さんとお母さんは?」
「穂香、何も覚えてないのか?」
「わかんない……。お母さんは? 私、ジュース飲みたい」
「穂香、母さんと父さんは……」
バスケで鍛えた兄の肩がふるえていた。
「兄さん、どうしたの……?」
兄は何も答えなかった。代わりに、兄の目から涙があふれ出す。
小学生の私から見た高校生の兄は、大人と変わらないぐらい大きくて、たくましかった。その兄が泣いている。兄の涙を見たのは、生まれて初めてのことだった。
「穂香、これからは兄ちゃんとふたりで生きていこうな……」
言葉の意味が、すぐには理解できなかった。詳しいことを聞こうにも、兄ははらはらと涙をこぼしている。とても聞ける雰囲気ではなかった。
兄が私の目の前で泣いたのはその日だけで、その後何年も、兄の涙を見ることはなかった。
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