突然の出来事

1/2
前へ
/11ページ
次へ

突然の出来事

 それはあまりに突然の出来事だった。  限定のアイドルグッズが欲しくて、父に車を出してもらったのは、土曜日の午後のことだった。 「お父さん、お願いっ!! たっきゅんの限定グッズ、どーしてもほしいのっ!」  娘の頼み事には嫌な顔を見せない父だった。 「しかたないなぁ、かわいい穂香(ほのか)のためだもんな」 「お母さんも付き合うわ。陽斗(はると)に出かけるってメールしとくわね」  両親にとって、わたしは念願の娘だったらしい。当時小学生だった私は、娘のお願いを断らないのは普通のことだと思っていた。 「兄さんは今日も部活の練習?」 「そうよ。高校バスケの全国大会が近いんですって」 「兄さんなら、大活躍まちがいなしだね!」 「陽斗はお父さんに似てるからな」 「あら、わたしに似てるのよ」  車の中で両親と楽しく話しながら、隣町の大型ショッピングセンターへ向かった。何気ない一日で終わるはずだった。 「穂香、ママ、ふせろ!!」 「穂香!!」    視界に飛び込んで来たのは、隣のレーンから突っ込んできた車。隣に座っていた母が、私におおいかぶさってきたことまでは覚えている。  そこで私の記憶は、ぷつりと途絶えた。 「……ほのか、穂香! 大丈夫か!?」 「にいさん……?」  私を呼ぶ声で目を覚ました。  目を開けると、私はベッドに横になっていた。周囲に看護師さんもいる。どうやら病院らしい。 「私、どうしたの? お父さんとお母さんは?」 「穂香、何も覚えてないのか?」 「わかんない……。お母さんは? 私、ジュース飲みたい」 「穂香、母さんと父さんは……」  バスケで鍛えた兄の肩がふるえていた。 「兄さん、どうしたの……?」  兄は何も答えなかった。代わりに、兄の目から涙があふれ出す。  小学生の私から見た高校生の兄は、大人と変わらないぐらい大きくて、たくましかった。その兄が泣いている。兄の涙を見たのは、生まれて初めてのことだった。 「穂香、これからは兄ちゃんとふたりで生きていこうな……」  言葉の意味が、すぐには理解できなかった。詳しいことを聞こうにも、兄ははらはらと涙をこぼしている。とても聞ける雰囲気ではなかった。  兄が私の目の前で泣いたのはその日だけで、その後何年も、兄の涙を見ることはなかった。        
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加