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兄の恋人
美鈴さんは優雅に微笑んでいた。耳元のパールのピアスがよく似合っている。
(兄さんの恋人……兄さんには付き合ってる人がいた)
なぜだが兄に裏切られた気がした。今年二十二歳になる兄に、恋人がいても不思議はないのに。
「こんなにキレイな恋人がいたなら、早く教えてよぉ、兄さん」
心の奥底がきしきしと音をたてて悲鳴をあげているのを感じながら、私は必死に笑顔を見せる。妹として兄の恋人である美鈴さんをもてなすべきなのに、彼女を家に招き入れることがどうしてもできなかった。
美鈴さんは頬をほんのり赤く染め、嬉しそうに微笑んでいる。優しそうな人だ。
「今日は穂香に紹介だけしたかったから、これから彼女を送ってくよ。晩飯はいらない。彼女と食べてくるから」
「わかった……」
美鈴さんの細い肩を、兄さんがそっと抱えた。昨夜私を抱きしめてくれた、たくましい腕。今は、ううん、これからは美鈴さんのものだ。
兄さんと美鈴さんがいなくなると、ふらつく足でキッチンに戻った。テーブルには大量の唐揚げとポテトサラダが、食べられるのを待っている。箸を手に取り、ポテトサラダを口に運ぶ。マヨネーズのやわらかな酸味が、私の心をしめつけ、目から涙があふれ出した。
「兄さん、兄さん……」
体が震え始めている。いつもなら兄さんが私を守ってくれるのに。
「ダメ、ひとりで耐えないと……」
唇をきつく噛みしめすぎて、血がにじみ出ている。鉄臭い味が口の中に拡がるのを感じながら、私はたったひとり、絶望と戦い続けた。
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