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抑えられない思い
兄の恋人を紹介されて以降、私は意識して兄から離れるようにした。兄さんの前では努めて明るく振る舞い、家事もこれまでと同じようにこなした。
翌年、私は高校生となり、家庭の事情という理由でアルバイトも始めた。兄が美鈴さんとデートする日は、家にひとりでいるのは耐えられなかった。
「穂香、最近アルバイトで忙しそうだけど、体は大丈夫か?」
「大丈夫。今まで兄さんに甘えすぎだったもん。家計費の足しぐらい用意できるよ!」
忙しく動き回っていれば、兄さんのことを考えなくてすむ。兄さんの幸せを邪魔しちゃいけない。
たまにパニック状態になることはあったが、対処方法を学びつつあった私は、ひとりで必死に耐えた。唇を噛みしめ、血がにじむのを感じながら、自嘲気味に笑う。
「ほら、兄さんがいなくても、平気なんだから」
アルバイトの帰り道、雨で濡れた私は、熱を出してしまった。
「穂香、大丈夫か?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
ちっとも大丈夫ではなかったけれど、私は必死に笑顔を浮かべる。熱にうなされ、ひとりでがたがたと震えていた。
「穂香、無理をするな。ほら、体を拭いてやるから」
兄さんが心配そうに私を見ている。
「ほっといてよ……。私はひとりで大丈夫だから」
「ほっとけるわけないだろ! ほら、着替えるぞ」
兄さんのたくましい腕が私を支え、パジャマを脱がそうとする。
「いやっ!!」
ふらつく体で、兄の手をふり払った。
「穂香……」
「お願いだから、私にかまわないで。兄さんは美鈴さんのものでしょ。私だけの兄さんじゃない」
「穂香、頼むからそんな悲しいことを言うな」
「何が悲しいの? 私はこんなにも、兄さんのことが好きなのに!」
とうとう言ってしまった。
必死に自分の気持ちをごまかしていたのに、熱のせいで自分を抑えることができない。ああ、もう無理だ。
「兄さんを、あいしている……」
兄さんの体が、びくりと震えた。驚いた瞬間、私は兄の腕の中にいた。
「にいさん……?」
兄は泣いていた。私を抱きしめながら、はらはらと涙をこぼしている。
「ごめんな、穂香。ごめんな……」
兄が泣いている。両親が事故で死んだ時だけ見せた涙。今は私を抱きしめたまま泣いていた。
(私の思いが、兄さんを傷つけている。謝らないといけないのは、私のほう)
兄さんの体の温もりを感じながら、私はやっと静かに眠ることができた。
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