王妃の手紙

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 しっ、声を静かに。  ここは王宮、それもお前の敵国エジプトです。衛兵に見つかれば、お前ばかりかわたくしの命さえ危ういのです。  えっ? なぜ前王の王妃にして王家の娘たるわたくしまで殺されるのか? ふふ、そうですね。それがわかっているのなら、スッピルリウマ王もわざわざお前を送ってよこしはしなかったでしょう。  わたくしの手の者が国境でお前を待ち伏せて秘密裏に王宮へ連れてきたのも、公に謁見を申し込まれては困るからなのです。  ええ、仰る通り、ヒッタイト王の使者がエジプト王妃に謁見を求めるのは罪ではありません。ですが、重臣たちに聞かれるわけにはいかない事情があるのです。それを伝えるために、わたくしは今夜ここへお前を呼びました。  後宮の女たちにはあらかじめ眠り薬入りのワインを振る舞ってあります。火急の用がない限り、王妃の寝室へ踏み込む者はおりません。それでも、見回りの兵士の中にわたくしの「敵」がいないとは言い切れない。だからお前も声をひそめて、万が一、壁の向こうで聞き耳を立てている者があっても気取られぬようにしてほしいのです。  ほほ、少しは疑いが晴れたようですね。さあ、安心してそこの椅子にお座りなさい。わたくしはお前の、いえ、ヒッタイトの敵ではありません。  本題に入りましょう。スッピルリウマ王はお前に何と言い含めて遥々エジプトまでの旅を強いたのです?  手紙? ええ、書きましたとも。前王トゥトアンクアメンが亡くなってすぐ、わたくしは早馬を走らせて書簡をヒッタイトへと送りました。スッピルリウマ王が受け取られた手紙は間違いなくこのわたくし、アンクエスエンアメンが信用のおける書記官に命じて書かせたものです。  何としても証が欲しいと言うのなら、何が書かれていたか誦じてみてもいいのですよ。わたくしの言葉と手紙の内容が一致すれば、お前もわたくしを信じざるを得ないでしょう。  手紙にはこう書かれていたはずです———  わたくしの夫は亡くなりました。息子はおりません。ですが、あなたには王子が大勢いらっしゃると聞き及んでいます。あなたの王子の中からひとりをわたくしにいただけたら、その方を夫にしたいと思います。わたくしは臣下のひとりを選んで、夫にするつもりはありません………その方がわたくしの夫となり、エジプト王となるのです。——ヘメト・ネスウト(王の妻)  あらあら、顔をお上げなさい。わたくしは怒ってなどおりません。お前の行いはヒッタイトへの忠義に他なりませんもの。良き家臣をお持ちになったスッピルリウマ王が羨ましいほどです。  ですから、わたくしもお前を信頼し、事の経緯をすべてお話ししましょう。よくお聞きなさい。これは「王の体より出でし娘」、「偉大なる王の妻」、「二国の貴婦人」の称号に誓って、ひとつの偽りなき真実の話です。
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