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 おかしい。昨晩の逢瀬までは、淤美豆座衛門はたしかに淤美豆座衛門であった。霧霞の朝も五月雨の昼も何度も逢瀬を重ね、終生添い遂げても構わないと思った唯一の善良なる男子。その淤美豆座衛門が消えた。  眼前の人らしき何かも、眉の上で切り揃えられた髪に、盆地の男子らしく穢れを知らぬ眼と、外見は在りし日の淤美豆座衛門と全く変わらぬ。さらに外見はおろか、返事を留保されたときの照れ隠しの仕草、すなわち右眉毛上の額を人差し指と中指でさする仕草まで、完璧に擬態している。  また記憶も引継ぎを終えているようで、私が淤美豆座衛門と出会えし晩夏の星月夜のこと、水なき水琴窟のなかで水を求めて発話を続けた末に、足元の漆喰が割れて淤美豆座衛門が噴き出したこと、その記憶をはっきりと覚えている。  そこまで完璧に擬態しているがゆえに、私でなければ彼の結婚の申し出を受け入れて、家の中に人ならざる者を引き入れていたことだろう。しかし私は生まれ持って他者の魂の詳細なる情報を眼で見抜くことができるために、あいにくこの淤美豆座衛門に騙されることなく、一度引いて詰問する構えができた。
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