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 目の前にいる人の姿をした何かが、私に「結婚してください」と言った。  しかし私には生まれつき、他者が発する魂の韻律や拍動などを感じとる力が備わっていたので、目の前にいる人間らしい何かが、私のよく知る淤美豆座衛門(おみづざえもん)ではないと見抜いた。  じゃあ何か? 今、紅色に褐色の矢羽根文様の袴をまとって私の前に立つこの男は何者か?  私らのいる畦道には曼殊沙華が咲き、四方は稜線に囲まれた。水田には黒々とした空が映り、私は仏具の鈴(りん)の内側にいるかのような錯覚に陥った。 「待って」  私は宝物に触れるような手つきで淤美豆座衛門の申し出を遮った。
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