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「俺に就職しないかと、そういう意味だ。勿論すぐにとは言わない。就職活動が落ち着いて、和泉が大学を卒業したら。永久に」
やがて意を決したような瞳をして先輩はそう言った。
「先輩に……」
私は首を捻る。就職。先輩に就職。永久に。……社畜? っていやいやそんなわけあるか。これはあれだ。あれだろ。プ、プロ――
「プロポーズ、ですか?」
ああ。自分で答えまで辿り着いておいてなんだが、徐々に恥ずかしくなってきた。羞恥心で死ねるって今ならわかるような気がする。穴があったら入りたい。むしろ入るべき穴を掘りたい。
「そうだ、プロポーズだ。和泉に一緒になってほしいんだ」
先輩が手に手を取って、こちらを食い入るように見つめてきた。私はただ固まっていることしかできなくて。
彼はそれでなにを思ったのか、悲しさの混じった表情で
「いけないのか。ダメなのか。俺では和泉にはふさわしくないか……?」
と口にして握っていた手を放そうとした。
瞬間に我に返る。今度は私の番だった。先輩が息を呑む音が聞こえた。
「いけないわけない。ダメなわけないです。私はね、先輩。先輩になら、私の全部を捧げてもいいっていつも思ってるんですよ。身を。血液も細胞も私を構成している肉片の一つ一つに至るまで。心も。全部、すべて」
嬉しかった。私はこんなにも彼に愛されているのだなと。愛してくれているのだなと。
頬に温かさを感じ、それが涙の温度だと気づいたのは少したってからだった。
「え、わ……と、止まんない……」
ごしごし目を擦ってみても、次々と溢れ出てきてしまって。二十を超えて人前で泣くなんて。しかも先輩の前で。
「あ、」
柔らかな優しい香りが鼻孔を擽った。この匂い。私がいつしか先輩に贈った香水の匂いだ。和風な香りが彼らしいなと思って選んだのだった。
「ありがとう、和泉」
親指の腹で先輩が涙を拭ってくれる。とても優しい手つきだった。
唇同士が触れあって、先輩は私をそっと自分の胸の中に抱き寄せた。私は堪らず先輩の腰に腕を回した。
二人の間に、もう言葉などいらなかった。
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