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幾久しく、
「ごめんなさい。待ちましたか」
「いや、明日のスケジュールを確認していた。気にしなくてもいい」
大学から少し離れた路地に駐車されていた車を見つけ、昨日買ったパンプスでアスファルトを鳴らしながら近づく。窓を叩くと鍵の開く音がした。
「今日は少し肌寒かったですね」
「そうだな」
パソコン画面から目を離した先輩が静かにそれを閉じる。エンジンスタートボタンを押すと車は静かに、滑るようななめらかさで発進した。
先輩は私より二つ年上の社会人三年生さんだ。けれど、非常に優秀であるのか若手にしては結構な地位に収まっているらしい。
“先輩”と言うのは、私が高校時代にそう呼んでいたから。紆余曲折あってつきあうことになり、大学も違う所に進んでしまったし、名前でとは思ったが、妙に落ち着かなかったのである。なんだかそれに響きが好きだったのだ。先輩、という響きが。
「なにを見ているんだ」
「ん、ああ。インターシップの資料です」
車が赤信号で停まる。前方に注意をむけていた先輩の視線が私の手元へと移っていた。
「就職活動か。そうか。院に進んでまだそんなにたっていないだろうに」
「早めに準備しておいたほうがあとから楽かなって。修論もありますし」
「なるほどな。和泉のそういうところ俺は好きだなって思う。とても素晴らしい」
「先輩に褒めてもらえるの、私何年たっても嬉しいです」
「それはよかった」
先輩は安全運転の人である。信号が緑色に変わり、再び車はゆっくりと走り出した。
「希望はあるのか」
「せっかく院まで進んだので、これまでの研究を活かせるような場がいいなって思っていて。狭き門でしょうけど、でも頑張ってみます」
一通り読み終えたプリント類をクリアファイルに入れ、鞄の中にしまった。すると急に手持ちぶさたになり、どうしようかと少し考えた末、私は先輩の顔を観察することにした。
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