幾久しく、

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 先輩は本当に綺麗な容貌をしている。  先輩の横顔を見るのが好きだ。日本人特有ののっぺり感がなく、特に鼻筋や唇のパーツの立体感がとても美しいのだ。非常に目の保養になる。色白だし睫毛長いし。うなじは今日も眩しい。 「……和泉」 「はい」  彼が名前を呼んでくれる度、私の心は揺れる。 「その、ずっと考えていたのだが」 「先輩?」  ふいにハンドルから右手を離した先輩は、それを顔まで持っていったかと思うと己の鼻と口をすっぽり覆ってしまった。これは言おうか言うまいかどうしようかと迷っている際によくする彼の癖だ。そんな時、私には大人しく見守っていなければならない義務がある。  そうして数十秒後。 「就職、しないか」 「は」  思わず間抜けな声を出してしまった。  先輩はとても頭の回転が速いので、凡人の私の想像やら考えやらの範疇を超えてしまうことも当然あるだろう。しかし、三百六十度ありとあらゆる方角から客観的に見たとしても、今までの会話を総合してみるに到着地点はたった一つのところにしか収まらないんじゃないだろうか。 「……お言葉かもしれませんが。先輩、私たち今までずっとその話をしていたと思うのですが」  尋ねつつ、もう一度じっと先輩の顔を観察する。その口は強く引き結ばれていて、なにかを今すぐ言う様子はないように感じられた。  と、その時突然車のスピードが落ちて脇道へと逸れていった。しばらくそのまま走り続け、閑静な住宅街を抜けると彼は空き地のような場所に車を止めた。  先輩がまたあの癖をする。狭い密閉された空間の中に沈黙が降りた。なにを考えているのか普段からわからないことがあるけれど、今日はより一層彼の真意が掴めないように思えた。
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