4.寝ても醒めても

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 自宅に帰って来ても、特に用事があるわけではない。通常だと金曜の夜にCoffinで飲んだ後、帰宅して翌日の昼近くまで寝てることが多い。そこから起き出して朝食兼昼食を食べつつ、一週間の録り溜めたビデオを見るのが毎週土曜のルーティーンだ。  昨夜はたまたま店でシルバと知り合い、退店後にたまたま誘われて別の店で飲み直し、たまたま酔い潰れて、たまたま彼の部屋に泊まっただけだ。 「……」  前に一度Coffinで酔い潰れた時、常連仲間のヒロキに部屋まで送ってもらったことがある。その時はそのまま、彼とこの部屋で寝てしまった。完全に酒の勢いというやつで、その後彼とは常連仲間以上の関係に発展することはなかったのだが。 (あの頃から何も進歩してない……)  特に恋人もいないので誰に気兼ねすることもないのだが、最近はやっと仕事にやりがいを感じ始めていたところだ。相変わらず嫌なこともあるけれど、自分の営業で契約をものにした時は凄く嬉しいし、今では可愛い後輩の育成も始めている。  特定の誰かと交際することなど全く考えていなかったので、それもヒロキとの関係が進展しなかった理由の一つだ。  状況的にはヒロキの時と非常に似ていて、昨夜はシルバと寝ていてもおかしくはなかった。彼が手を出さなかったおかげで、辛うじて免れていると言っていい。  昨夜の時々感じた熱い視線や、今朝耳元で『今からでも構わないけど?』と囁かれたことを考えると、あの状況でシルバが自分を抱かなかったことの方が不自然に思える。 (何でだろう? 待って。それじゃまるで私が抱いて欲しかったみたいじゃん……)  ブンブンと頭を振る。でも今日あのままシルバと一緒に過ごしていたら、マズいことになる気はしていた。何故だかわからないけど、本能でそう感じたとしか言いようがない。それに…… (あの毛並みの感触と温もり。あれは幻なんかじゃなかった)  首筋に触れてみる。そこには生温かい舌の這う感触が、確かに残っていた。 *  肌触りの良いルームウェアに着替え、録画したビデオを見、スマホのアプリゲーを触って、ファッション雑誌を読み、レトルトのボロネーゼを作って食べる。いつもと変わらぬ週末を過ごしているようで、視線は何度も壁掛け時計に向かっていた。  現在十九時を七分ほど過ぎている。十九時は、シルバの経営するナイトクラブが営業を開始する時刻だ。 (休日出勤て嘘ついちゃったし……)  何とか行かない理由を探すけれど、家に帰ってからずっとソワソワして落ち着かなかった。何の気なしにシルバの引き締まった筋肉が何度もフラッシュバックし、耳元で囁かれた言葉が脳内でリフレインしている。
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