3.シャンディガフの憂鬱

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 そういう彼もまた、中高生の姿をしていた頃から30年経った割にはまだ、20代後半~30代前半のようにしか見えない外見をしている。二人は出会った瞬間に、お互いが人間でないことを理解していた。そして互いの種族が違うことも。 「君はまた随分とワイルドに成長しましたね。あの頃はまだ、少年の面影がありましたが」 「俺の種族はあんたんとこほど長生きしないから、多少はな」 「…と言っても、500年は生きるでしょう?」  30年前にこの店へ訪れた時も、中高生の姿をしていたものの彼は、この世に生を受けてから40年は経過していた。話によれば、太平洋戦争後すぐの生まれらしい。気づけば両親はなく、独りだけで生きていた。  それは彼だけではなく、今は他に存在するのかもわからない同じ種族の共通とも言えた。いや、これは人ならざる者全ての共通点と言っても過言ではない。この糸目のマスターにも、両親に育てられた記憶は皆無だ。は子育てをしない。    両親はいないものの、マスターには生まれながらにして(ひつぎ)があった。彼の種族は、成人して目覚めるまで棺の中で成長する。銀次に言わせると、「棺があるだけまし」らしい。その棺は恐らく、マスターを想う誰かが用意したものだろうから、と。それが銀次とマスターの生まれの違いであり、種族の違いでもあった。 「……」 「何かあったのかい? もしかして、ここへ来たのもそれが理由なのかな?」 (敵わないな……あんたには)  短く溜息をひとつ吐くと、銀次はシャンディガフを注文した。シャンディガフは、ビールとジンジャーエールのカクテルで、ジンジャーエールのほのかな甘みと炭酸の爽やかさが、ビールの苦みを緩和して更にのど越しを爽快にする。 「大人になったと思ったけど……味覚はまだ子供かな?」 「そんなんじゃねーよ。ただ今日は……」 「あぁ、自制が効かない、か。了解」  今宵、夜空に輝くのは満月だ。マスターにとっては勿論のことだが、銀次にとっても人ならざる者の血を湧き立たせ、本能を浮き彫りにさせる。 「まさか、まだあんたがこの街に居たなんてな。さっさと別の街へ移ったか、くたばってると思ったぜ」 「酷い言われようだね。これでも上手くやってきたつもりだけど」 「人間社会に溶け込むなんてそう簡単じゃないって、身に沁みてるだけさ。俺はこの30年間、一所(ひとところ)にずっと居られた訳じゃないしな。職も転々としてきたし、そういう意味ではあんたを凄く尊敬してる」  マスターも銀次も人間と同じ食事を摂ることは出来たが、本来は人間を(かて)とする。マスターは主に血液で、銀次は肉だ。普段は人間に化け、同じように生活することは可能だが、どうしても満月の夜だけは本能が暴れ出す。
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