3.シャンディガフの憂鬱

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 恋愛をするにも種族を維持するにも、相手は人間しかいないのだが、彼はもうあと腐れない女性としか付き合わないと、生き方を決めてしまっている。それでもマスターは、『人間を食べない』という茨の道を選んだ銀次が、とても誇らしかった。 「そういうあんたは?」 「ん?」 「今日みたいな最悪な日を、どう過ごしてんのかなって。相変わらずまだ、コソ泥みたいなことしてんのか?」  ここに居候をしていた頃、銀次は二度程、目の前でマスターが店のお客の血を(すす)るのを見たことがある。こっそりと強い酒を飲まし、眠ったところを失敬するやり方で。  銀次が最初にそれを目にした時は、その光景に酷く驚いた。自分以外の人でない者が、食事をしているところを初めて目の当たりにしたからだ。しかし次の瞬間には強烈な眩暈を覚えた。漂う血液の臭いが、人肉への酷い飢えを誘ったからだ。  二度目にその光景を目の当たりにした時にはもう、彼は店を出るしかなかった。そうしなければ彼もまた、客に噛みついていたかもしれないからだ。 「僕かい? 僕は……」  マスターはチラリとカウンター前に置いてある黒い瓶を盗み見る。その中には、どす黒い液体が半分程入っていた。  咄嗟に銀次はその瓶の中へと嗅覚を研ぎ澄ませる。彼の嗅覚はとても優れていて、集中すれば二キロ先の人間の匂いを嗅ぎ分けることが出来た。彼がCoffinで居候をしていた頃もよく、お客が店の扉を開ける前に「もうすぐ客が来る」と、来店を知らせていたのだ。 「この臭い……まさか!!」 「いやいや! 事件性はないよ? これはあるお客さんが僕に協力してくれてるだけで…」 「人間の彼女がいるのか?」 「いや、僕らは別にそういうんじゃ……」 「正体隠してんのか!?」 「そうじゃないけど……」 「正体知ってて? ってことは、さすがにもう抱いてはいるんだよな?」 「抱くって……相手はお客さんだよ? そんなことするわけないじゃないか」 「いやいやいや!! 信じられねぇよこの吸血鬼。据え膳食わないとか、それでも雄かね?」 「据え膳て……。さっきも言ったけど、人間には気持ちがあるからさ」 「気持ちったって、その女は完全にあんたのこと好きだろ? じゃなきゃこんなことしねぇよ。何の問題もねぇじゃねーか」 「……」 「気づいて無いわけじゃねぇよな?」  その時、マスターのピンチを救うかのように扉が開き、一人の来客を知らせた。二人の間に緊張が走る。 「マスター、こんばんは〜」 「いらっしゃい、(かなめ)ちゃん」
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