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週末になると訪れる彼女はいつも、奥から二番目の特等席へと座る。彼女が席へ座るより前にコースターを置きつつ、マスターが「いつもので?」と訊ねると、元気よく「うん」と返事があった。席に座った彼女は、改めて銀次の存在に目を丸くする。
「あれ? 私達以外のお客さんて本当にいたんだ!?」
「相変わらず酷いね…」
「だって他のお客さん見るの初めてだから…」
淡いベージュのパンプスとパンツに、少しだけレイシーな白のブラウスを合わせ、ゆるふわの明るい髪をサイドで一つに束ねた彼女は、今夜も仕事終わりにこの店へ寄ったのだと言う。そんな彼女の香しい匂いにあてられ、一瞬目の眩んだ銀次だが、再び注意深く嗅覚を研ぎ澄ませば、彼女が黒い瓶の中身の提供者でないことがわかった。
「マスター、俺にも紹介してよ、彼女」
「うん?」
何となくその頼みをスルーして、彼女の前に作りたてのブラッディ・マリーを置いていると、彼女は勝手に自己紹介を始めてしまった。名前は『折井要』で、とある企業の営業職をやっており、二年前からこの店の常連であると。
「俺はシルバ。これ、名刺な。今度うちの店にも遊びに来てよ、要ちゃん」
「DJなんだ!? どうりで……」
その先を口ごもった要に代わり、マスターが「この店には似つかわしくないってさ」と付け加える。銀次は「寂しいな…」と苦笑した。
「あれ? でもこの辺にナイトクラブなんてあったっけ? あ、隣町の住所か。シルバさん、わざわざ隣町からこの店に来たの?」
「まぁね。マスターには昔世話になってさ」
「ええ。その昔、僕が小さな銀次君を拾って……」
「ギン…ジ?」
「えーと…それはねぇ、犬! そう、犬の名前!! 俺が昔飼ってたギンジって仔犬が行方不明になってだな……それを拾ってくれたのが、このマスターだったわけよ!」
「そうなんだ〜。やっぱりマスターって昔からイイ人だったんだねぇ」
要がうんうんと嬉しそうに頷いていると、マスターは「そうかな?」と言って頭を掻く。銀次は「イイ人ねぇ…」と言ながら、鋭い目つきでマスターを睨んだ。「銀次って言うんじゃねーよ」と。
「そのギンジって、どんな犬だったの?」
「ん? あぁ…銀色の毛並みの奴だよ。綺麗でカッコイイ奴」
「え? 仔犬なのに?」
「い、今はもう、そういう感じだから…」
「でも拾った頃はボロボロで小汚かったですよ。やせ細ってて」
「お、おい……」
「長い間迷子になってたんだね……可哀想に」
心底心配するような瞳で、要は呟いた。その様子に銀次は一瞬目を見張り、黙って彼女を見つめる。
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