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しかし30年後の今、再び出会ったマスターには血液を提供する者がおり、二年前から毎週店に訪れる常連客までいる。彼に一体どんな心境の変化があったのだろうかと、銀次は不精に生えた短い顎髭を摩った。
「ところで、彼女はあんたの正体知ってるのか?」
「いや」
「へぇ〜」
ニヤニヤとした顔つきで、銀次は舐め回すようにマスターを見る。
「要ちゃんはダメだよ」
「何がぁ?」
「君の言う『骨』のこと」
「何でよ。案外向こうも俺の奉仕を気に入るかもしれないぜ?」
「そういうことじゃなくて……」
「それにマスターにはとやかく言われたくねぇな。餌を提供してくれる女がいるってのに、要まで独占する気か?」
「そういうわけじゃ……」
その時、離席していた要が「ただいま〜」と言って戻ってくるのが見えた。二人は咄嗟に居ずまいを正す。
「何の話してたの?」
「ん? え〜と…」
「ギンジの話だよ。幼い頃は従順で可愛かったのにねぇって」
細い目を更に細くして、マスターは銀次に微笑みかける。彼は「またかよ……」と呆れつつ、ガックリと肩を落として頷いた。
「そうだったんだ? 小さい頃のギンジ、めっちゃ見たかったなぁ〜」
「僕の言いつけをよく守って、店番もしてくれたしね。それがある日突然、拾った恩も忘れて消えてしまって…」
「え!?」
コップを拭いていた布巾で、マスターは流れてもいない涙を拭う振りをする。
「ぎ、ギンジにはギンジなりの……ポリシーがあったんだと思うぜ? 多分、マスターのくれた餌が、気に食わなかったんだと思うな! うん」
「それでギンジはすぐ、シルバさんのところへ戻ったの?」
「へ? あ、うん、そう」
「でもじゃあ、どうやって行方不明の間にマスターが世話してくれたってわかったの?」
鋭いツッコミに、二人の瞳孔がカッと開く。
「そ、それはね、要ちゃん!」
「俺ら二人で……そう、同時に! 同時に銀次を見つけたんだ。それでその時、お互い名乗って……な?」
「そ、そうそう! 君が前の飼い主さんかぁ〜ってね」
「そうだったんだぁ~。二人とも別々に探してたんだねぇ。凄い偶然! 運命みたい」
要は自分のことのように嬉しそうな笑みを浮かべた。そんな横顔を見ていると、銀次の胸には無性に何か、せり上がるものがある。
「あのさ……ギンジの小さい頃の写真見る?」
「え!? 見たい!!」
「じゃあ、今度俺のうちに……」
そう口走った途端、銀次の鼻腔をとてつもなく生臭く、それでいて甘美な匂いが襲った。途端に彼は鼻筋を抑え、強烈な眩暈に瞼を閉じて堪える。
「うっ……」
「シルバさん? 大丈夫!?」
「あ、あぁ……心配ない、ちょっと気分が悪いだけ」
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