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彼女の話は要約するとこうだ。今日は上司の命令で、納期を間違えた他部署の尻拭いの為、後輩の女性と一緒に取引先へ向かったという。ひとしきり謝罪した後で取引先の男性に「今後の打ち合わせも兼ねて」と称して飲みに誘われ、そこで酌をさせられる羽目に陥ったのだと。
「案の定打ち合わせなんか殆どしなかったし! ただ私達に酌させたかっただけなんだよ? だったらキャバクラ行けっつーの! …それに上司も上司よ、絶対こうなるのわかっててあたしらに行かせたんだから。う~~! 悔しっ!!」
要の握った拳は小刻みにカウンターを叩いた。相当悔しいらしい。
「大変だったねぇ……疲れが取れるかわからないけど、はいこれ」
マスターは高級そうなパッケージの小箱を彼女の前に置いた。蓋を開けると中には小さな四角いチョコレートが六つ、ひしめき合っている。
「これ…GODIVAのチョコレートじゃない!? メニューにあったっけ?」
「いや、ここのメニューじゃないよ。貰い物なんだ」
「本当に食べていいの?」
マスターがニコリと頷くので、「それじゃ遠慮なく」と一つ掴んで口に放った。あまりの程良い甘さに、調子に乗って二つ目を頬張ろうとした時、ふと要の手が止まる。
「貰ったってまさか……先日のバレンタイン的なアレ?」
「え? あぁ、まぁね。義理だよ義理」
「そうなの? でも案外相手は本気だったりして……」
「ハハハ……そんな事無いよ」
「ちょっとマスター。鏡見たことある? そこに結構なイケメン映ってるから!」
「そんなことないよ」「そうだって!」の応酬をしていると、再び店の扉が開いた。入ってきたのは、スラッと背の高いサラリーマン風の男だ。
「やってるー?」
「あ! ヒロキだ~」
「博樹君、いらっしゃ~い。ビールにする?」
博樹と呼ばれる男性は要の隣の席に脱いだコートを置くと、その隣にドカッと座った。彼も要より一週間程早く初入店を果たした常連客で、要と鉢合わせる時はいつもこの席に座っている。
「バカルディにして。一軒目で結構飲んだから」
マスターは彼の前にコースターを敷き、その上にショートグラスを置くと、手元のシェイカーにラムを注いだ。
「あ、美味そうなもん食べてるじゃん。カナちゃん一個ちょーだい」
目聡くチョコを見つけけた博樹は、この中に入れろと言わんばかりに口を開けて指を差す。そんな彼をギロリと睨みつけた要はそれには応じず、「マスターがバレンタインにお客さんから貰ったんだって」と説明した。
「え!? 俺達以外にも客いたんだ……この店」
「酷いね? 博樹君」
三人は同時に笑い出した。
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