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「そりゃ二十代前半はそんなこともあったけどさ、さすがにこの歳ともなれば大人しくなるよ……いろんな修羅場も経験したし」
「ヤダヤダ……怖い怖い」
「あのなぁ、男なんて皆こんなもんだって。マスターだっていろいろ経験してんでしょ? 俺達とそんな歳変わらなそうだし」
「あ! 私も聞きたい! マスターの恋話」
いきなり話の矛先が向けられ、マスターはギョッとした。とりあえず「次何飲む?」と訊ねてみるが、二人は「同じのおかわりね。あと恋話」という返事しかしない。
「僕の話? 残念ながら博樹君みたいにいろんな経験持って無いよ僕は」
その返答に「またまた~」「絶対嘘だよ、こんなイケメン周りがほっとかないよ~」とおだてる。
「いやいや、本当。僕ずっと『片想いマスター』だし」
そう言った途端、その場に痛い程の無言の間が訪れ、「まさかWミーニング?」と恐る恐る要が訊くと、マスターは少しだけはにかんで頷く。
「ところで今も片想い中?」
「え? うん、まぁ…」
「どれくらい片想いしてるの?」
「う~ん……二年くらいかな」
「告白とかしないの? あたしがマスターだったら絶対すぐ告白しちゃうのに!」
「わかる。俺が女なら抱かれてる」
「そんなに僕を持ち上げても酒代割り引かないよ?」と言いつつ、マスターは二人の前に二杯目のカクテルを置いた。それをきっかけに要は「ちょっとお花摘みに行ってくる」と言って席を立つ。「カナがいない間にマスターの片想いの相手訊いとくわー」と博樹が言うと、お手洗いの方から「やだズルい! ちょっと待っててよー!」というくぐもった声が聴こえた。そしてカウンターに束の間の静寂が訪れる。
「あのさぁ、マスターの片想いの相手ってもしかして……カナ?」
「え? 何で?」
「だって二年て言ったし」
「あのねぇ……君達以外にも本当にお客さんはいるんだって」
「客は客なんだ?」
「……」
「何だぁ~、カナじゃねーのか。少なくともカナはマスターのこと好きだと思うのになぁ。あいつ、前からマスターのことイケメンだイケメンだって散々言ってるし。マスターはカナのタイプなんだと思うよ」
「そう?」
「絶対そうだって。だからマスターがカナのこと好きなら、協力してやろうと思ってたのになぁ~」
博樹の優しさに「気持ちだけ貰っとくよ」と、マスターはにっこり微笑んだ。
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