2.月夜のブラッディ・マリー

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「それじゃあ、ヤケ酒を飲みたくてこの店へ?」 「半分はそれかな」  そう言って彼女は空になったグラスをマスターへ渡し、「二杯目はもう少し強めのお酒を」と注文した。「それでは」と、彼女の前へショートグラスを置き、シェイカーを振って“ギムレット”を作る。ギムレットもジンがベースのカクテルだ。最初に高いアルコール度数のインパクトの後に、ライムの甘酸っぱさが口中へ広がる。 「あ……強いですね」 「強すぎましたか?」 「いえ、ちびちび飲めば大丈夫」  彼女はあまり普段酒を嗜まないようだが、酒にからっきし弱い……というわけでも無さそうだ。翌日に仕事があるかどうかだけが気になったが、明日は休みだという。であるならば、今夜の彼女には存分に酔って貰おうと、マスターはキツめのカクテルを用意したのだった。 「さっきヤケ酒が半分て言ったでしょ?」 「ええ」 「もう半分、気にならない?」 「気になりますね」 「実はね……」  そう言って彼女は、仕事場の病院で聞いた奇妙な噂話をし始めた。彼女が働く総合病院の循環器内科では、時々酷い貧血患者が訪れるのだという。その患者達は普通の貧血患者とは違い、大量に出血したように血が少ないのだが、大きな事故に巻き込まれたような怪我の跡も無かった。 「ドクターが問診をする前に、看護師と患者さんとの間で雑談をすることがあるんだけど、その酷い貧血患者達にはある共通点があったの」 「へぇ……何です?」 「皆前日に、お酒を飲み過ぎたんですって」  それで血中アルコール濃度を調べてみたが、どの人も値は低いのだという。その結果を見たドクターは、前日に酒を飲み過ぎたという共通点について「関係無いだろう」という結論に達した。しかし彼女は、もう一つの共通点を見つけていた。 「何ですか?」 「そういう患者が来る日は決まって、満月の夜の翌日なの」 「よく気づきましたね?」 「それがね、恥ずかしいんだけど……女性には特有の生理現象ってあるでしょう? あれが私、よく満月付近で起こるから、ある時気づいちゃったのよね」  彼女は生理が普通の人より重いらしく、苦痛を感じながら勤務している時に限って、重度の貧血患者が来院するので「まさか…」と思い、満月の日と患者の来院日を照らし合わせてみたのだと。 「ドクターには伝えたんですか?」 「まさか。血中アルコール濃度で共通点を無かったことにしたドクターに、こんなこと伝えても笑われるだけだもの」 「そうですか」 「満月と貧血に関係性があれば……例えば私のように、患者が満月付近で生理だった可能性も考えたんだけど、重度の貧血患者の半数は男性で、もう半数の女性についても、その時生理だった人はごく少数だったの」  それでドクターには伝えなかったが、その共通点をどうしても誰かに言いたくなって、彼女は同僚の看護師に話したのだという。すると…… 「その患者達が飲んだのは実は全て同じ店で、その店には吸血鬼がいるんじゃないかって。満月の夜にその店へ訪れると、吸血鬼に血を吸われてるんじゃないかって言うの」 「面白い話ですね」 「でしょう? だからその話だけが院内で噂になって広まっちゃったの」 「茉莉さんはそれ、信じているんですか?」 「フフ……どうかな?」  そう言って彼女はフワフワと気持ち良さそうに、マスターの糸目を見つめていた。気が付けば三杯目のギムレットも既に空になっていた。
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