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「結婚なんてするんじゃなかった」
妻の顔を見詰めながら、一人呟く。
この選択に、後悔しか残っていない。
憎らしい。出来るものなら、出会いたくなかった。
一九五〇年を過ぎた頃。暗澹たる戦争も終わり、世間は生きる事に必死だった。世界に追いつく為に、生活も目まぐるしく変わっていった。
千代を紹介されたのは、私が二十歳の頃だ。恋愛結婚はまだ珍しく、お節介な親戚の叔母が連れて来たのが、十八歳の千代だった。
千代は、お世辞にも美人とは言えなかった。細長い目に、つんと尖った鼻、小さな唇。癖のある髪の毛は肩まで伸びて、右往左往にはねている。花柄のワンピースは、薄く黄ばんで汚れていた。
「初めまして、千代と言います」
か細い声で挨拶をしてきた千代は、始終下を向いていた。強く握った手も僅かに震えていた。
「甲四郎です。田町甲四郎」
妻を娶る瞬間とはこんなものかと思いながら、無愛想に自己紹介をした。千代は「はい」と、相変わらず消え入りそうな声で返事をした。
私には、生まれ付き右足に障害があった。跛行しながら歩く事は出来るが、走る事が出来ない。結婚も無理だろうと言われていた。だが、それでも良いと思っていた。
当時の私は、親の紹介で大工をしていた。足に不安が残るものの、体力自体には自信があった。体に傷一つない健常者とは言えない。性格も無骨で口下手だ。だが、働く事は出来る。大金持ちにはなれないが、日々生活していく最低限の給料は稼ぐ事が出来る。だから千代も、私の元に嫁ぐ事になったのかもしれないな、と思った。
私が自己紹介を終えてからも、千代は変わらず下を向いていた。沈黙が続く。
「そんなに下ばかり向いて、肩がこりませんか」
特に会話らしい会話も見付からなかったので、何気なしに聞いてみる。嫌味もあったかもしれない。
しかし、千代は突然吹き出した。細い目が垂れ下がる。ふくよかな頬が盛り上がる。
「こりません。私、首が短いから」
千代が顔を上げる。初めて目が合った。おたふくのような笑い顔だった。やはり、美人とは形容し難い。ただ、愛嬌はあった。
季節は丁度、稲刈りの時期だった。刈られた稲の香ばしい匂いが風に混じっていた。
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