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 由香ママと紗英ママ。 私にはママが二人いる。 ママといっても私との血の繋がりは二人ともない。 もっと正確に言うと二人とは別に生みの親がいるのだけど、今の私は紗英ママの養子に入っているので藤木の性を名乗っている。 更に言えば、由香ママと紗英ママはお互いに愛し合っている女性同士のパートナーだ。 私は幼少期にこの二人に引き取られ、以降三人で家族を作ったている。  出会った当初のことはあまり覚えていないけど、当時由香ママと私の家が近所だったらしく、薄汚れた私が道端で一人で遊んでいるのを度々見かけていたらしい。 様子からネグレクトや虐待を疑っていた由香ママは、私を見かけると話しかけたりお菓子をあげてたと聞いたことがある。 このお菓子をくれた女の人のことは何となく覚えていた。 ある日、由香ママと紗英ママが一緒の時に異常なほどの子供の鳴き声が聞こえてきた。 それが私の声だと気付いた由香ママは、咄嗟に私の住むアパートの二階の部屋へ駆け込んできたそうだ。 中を覗き込むと、男が私の胸ぐらを掴みながら何度も何度も顔面を殴っていて、その横でけばけばしい女が腕を組みながらニヤついている。 それを見た瞬間に逆上した紗英ママが思い切り男を蹴り飛ばし、今度は逆に男の顔面を殴りつけると、由香ママは泣きじゃくる私を抱えた。 その時の私は酷い状態で、息も絶え絶えになっていたそうだ。 由香ママは警察を呼ぶといって私を抱えたまま、大声で助けを呼びながら部屋を飛び出し階段に差し掛かった時、さっきまでニヤついていた女が私ごと由香ママを蹴落とした。 由香ママは私を庇いながら階段を転がり落ち、その光景を見ていた近所の住民が警察を呼んだ。 そしてニヤついていた女。つまり私の生みの母親と。当時付き合っていた男はその場で逮捕された。 この時に由香ママは背中と腰を骨折して後遺症が残り、両下肢が麻痺し車椅子生活になってしまう。 私も視神経が傷ついて左目の視力をほぼ失い、男性恐怖症から始まりPTSDやパニック障害といった精神的な疾患を患ってしまったし、事件当時の記憶も曖昧なままだ。 この話は私が中学生の時に手首を切り過ぎて病院に連れていかれ、その帰りの車の中で紗英ママがしてくれて初めて知った。 「だから美愛はさ、私達みたいに特殊な家庭で育ったのが不幸だなんて思ってほしくないんだよ。由香ちゃんは本当に美愛を大切に思ってるし、信じられないかも知れないけど自分が車椅子になったことなんて、全くなんとも思ってないしね。私達が諦めていた家庭っていうのが持てたのも美愛のおかげだし。美愛は私達の夢を叶えてくれた最高の娘なんだから」 この日、自分の家庭環境が周りと違うことに対して感じていた劣等感は完全に消えて家族の絆は一層強くなった気がした。 私がどれだけ愛されているか、ママ達に出会わなければこの世から消えてしまっていた可能性もあったんだと思い、感謝と自分を傷つけてしまった情けなさで大泣きしたのを覚えている。 因みに事件当日、紗英ママはかなりの力で相手の男を殴ったらしく、拳には男の歯で傷ついた後がいまだに残っていると武勇伝のように語り、その傷跡も見せてくれた。 「美愛を泣かす奴がいたらぶん殴ってあげるからね」 紗英ママは悪戯っ子のような笑顔でそう言った。
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