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 「ねえ、美愛。合鍵返してもいいかな」 情事が終わった後、アンニュイな仕草でコーヒーを飲みながら愛海が言った。 「それって別れたいってこと?」 (話ってこのことか) 次の本の構想かと思っていた自分の鈍感さに少し呆れた。 そういえば、まだ下着姿の私に対して愛海はもう着替えを済ましていた。それが何かしらの気持ちの現れなのだろう。 「・・彼氏ができたんだ」 「そう・・」 しばらくの沈黙。 私と愛海は女性同士だし身体の関係もある。けどそれで恋人同士かと聞かれると応えづらい。 「初めはね、女の子が好きなんじゃないかなって思ってたの。三次元の男ってガサツだし汗臭いし苦手だったから・・自分が男とSEXするなんて考えるのも嫌だったしね、それで美愛に出会って自然にそうなって凄く気持ちよくて、ああ~やっぱり私は女の子が好きな性質なんだなって思ってたの」 「でも違ったんだ」 「うん・・二か月くらい前にね、バイト先で優しくしてくれる二個上の先輩に告白されたの、もちろん最初は全く考えられなかったし、その場で断ったんだけど、バイト先のみんなが次々に付き合いなって言うのね。凄くお似合いだし絶対良い人だからって」 「・・・・」 「それで一回だけのつもりでドライブデートしたんだけど、そのコースがソラカケの聖地巡礼だったの」 (空を駆けて天に(つばき)す)通称ソラカケは腐女子たちから絶大な人気を得ているノベル作品で、コミックやアニメ化もされている人気作品だ。 「男の人でソラカケのファンってだけでも珍しいのに、凄く詳しくてビックリしちゃったんだ」 確かにソラカケは圧倒的に女性支持が高い作品だったし、男性は作品すら知らない方が多いと思う。 「他にも共通点がいっぱいあったし、私が興味がしたかったコスにも理解があって凄く気が合って嬉しくなっちゃって、男の人のイメージが変わったの」 愛海の目はもう恋をしている人のそれになっていた。 「そう・・それでSEXはしたの?」 私は駆け引きが苦手なので直球を投げた。 「・・うん、四回目のデートの時にしてみた」 「どうだった?」 「凄く良かった。もっと暴力的かと思ってたんだけど彼は凄く優しかったの、全然イメージと違ったしとても満たされた気持ちになったよ」 嗚呼、もう愛海は戻って来ない。もうどうしようもなくそれは分かった。 どこからか鳴り響く金属音にも似た耳鳴りが、私と愛海の会話に割り込んでくる。 「うん、わかった。別に気にすることないよ、それが普通だし私達は正式に付き合ってるカップルでもないしね」 耳鳴りと自分の声が混じりあって、よく聞こえない。私はうまく話せてるかな? 「美愛ありがとう。でも身体の関係がなくったって私たちは友達だし、美愛の本はこれからもずっと買い続けるからね」 「ありがとね。愛海は良い子だし私には勿体ないって思ってたから、正直いい人に出会って余暇っと思うよ」 私は年に何回かしか作らない満面の笑みで愛海を祝福した。ママならこの笑顔の意味を察してくれるだろうけど、愛海は素直に喜んでくれた。 合鍵をテーブルの上に残して愛海は帰っていった。最後に私と情事を重ねたのは同情なのか未練だったのか、それが分かるのはもっと人生経験を重ねた後のことだと思う。
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