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愛海が帰った後、引き出しの奥にしまっていた煙草を手に取る。
彼女は嫌煙家だったので親しくなってからは禁煙していたのだけれど、新品を一箱隠し持っていたことは忘れていなかった。
封を開け箱の中から真っ黒なシガレットを一本取り出し、オブジェ化していた外国製のマッチで火をつけた。
口の中一杯に甘いカカオの香りが充満していく。
たった半年の禁煙。
堂々と煙草を吸える年齢になってから一年も経っていない、ニコチンは身体に悪い。
そうなのだろう。でも、これだけ甘ければデザートみたいなもんだから別にいいんじゃないかと思っている。
咥え煙草のまま眼鏡の隙間で薫る煙に目をしょぼつかせ、ペン立てあるカッターを取り出す。
百均で買ったそこそこの切れ味のカッターナイフ。
チキチキチキチキ。
刃を目一杯押し出すと何かの武器みたいでカッコいいけど、同時にふにゃふにゃと腰が据わらず、本来の役目を果たすにはかなり心もとない。
視線を左の手首に移す、そこには無数の古傷。
過去に何度となく自らを傷つけた証はザラザラとした肌触りに変質し、象の皮膚のようになっていて、とても醜く恥ずかしい。
この見苦しい傷跡を憐憫と侮蔑が入り混じった視線に晒すことになるので、暑い季節はとても嫌いだ。
はじめは構って欲しくて切っていたのに、我ながら矛盾していると思う。
自分でも呆れるほど慣れた仕草でカッターの刃の根元を手首にあてがい、そのままゆっくりと刃を滑らす。
長く出した刃は進むたびに、その身を肌の中へと潜らせた。
少し抵抗のある表皮の感触から真皮の柔らかさを感じると、真っ赤な血が滴りだし手首にラインを引いていく。
「あっ・・つつつつ・・う・・」
(やばっちょっと深かったかも)
煙草と同じように暫く止めていた自傷行為は、文字通り身を切る痛みを脳の中に揺り起こした。
予想より多めの出血に少し慌てながらタオルを傷口にあてがうと、腕を高い位置に保ちつつ勢いが収まるのをじっと待つ。
少し落ち着いたところで湿潤療法専用のバンソーコー使って強引な処置を施し、愛海との繋がりを断ち切る儀式は終わった。
「しまった、明後日ママに会うんじゃん」
愛海との決別に頭が一杯になり、週末に実家へ帰ることをすっかり失念しまっていた。
長袖で胡麻化そうとも思ったけど、目ざといママは私の仕草に違和感を感じて、手首に新しい傷があることを見抜いてしまうだろうし、久しぶりの自傷行為は少しやり過ぎたかもしれない。
少し指先が痺れてきた気もするので、明日は病院に行くことにした。
(しょうがないか・・)
ぼんやりと窓の外を眺めながら、二本目の煙草に火をつけた。
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