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朝一番だったせいか近所にある外科は空いていて、直ぐに処置をして貰うことが出来た。
結局五針縫ったけど心配していた神経は無事だった。
私の手首を見た初老の医師は、最後に「もうやっちゃダメだよ」と言ってたけど、どうせ止められないのだろうと思っているに違いない。
縫合した傷に巻かれた包帯は、私を戒めるかのように大げさに巻かれていて、長袖でも隠せない。
(やっぱバレちゃうよね、明日は包帯だけ外して行こうかな?)
私の自傷行為は実家にいる時からなのでママは知っているし、今回のように深く切り過ぎて病院に連れていって貰ったこともある。案外またやったのくらいの感覚で受け入れて貰えるかも知れない。
自分の都合のいい思考と理由で強引に納得させ、考えるのを止めた。
病院からそのまま大学へ行き、ちょっと面倒な講義を受けた。
内容も嫌いだし先生も気に入らないけど、これを落としてしまうと困る。
昨日切ったばかりの傷の痛みで退屈を胡麻化しながら、何とか踏ん張った。
「あら、美愛ちゃん怪我したの?」
学食でそばを啜っていると、正面にご飯大盛りのハンバーグ定食が置かれ、目の前の席に座った人物が声をかけてきた。
校内で私に話しかけるのは一人しかいない。
上条あきら。
肩甲骨まで伸ばしたクセのない髪に、派手目のメイクとワンピース。
髪色こそ吸い込まれるような濡羽色だけど、長身も相まって彼女の周りだけ海外ドラマの一部を切り取ったようだ。
「結構酷そうじゃない、捻挫とか?うわ~痛そう」
確かにボクサーように掌までしっかり巻かれた包帯姿は、そんな風に映るかも知れない。
「ちょっとドジった」
自傷よりも捻挫の方が一般的な怪我でもあるし、そういう事にしておこうと思い一言だけ返した。
「美愛ちゃん、一人暮らしでしょ?お料理とか大丈夫?」
「お風呂とか入れるの?からだ洗える?治るまでどのくらい掛かるの?」
あきらは言葉を湯水のように吐き出し続ける。
彼女の昼ごはんであろうハンバーグ定食にはまだ手を付けておらず、私は目の前でそれが覚めていくのが気になって仕方なかった。
「上条さ、ご飯冷めちゃうよ」
「あっそうだ、ヤバいヤバい」
ようやく関心が食事に移ると今度は凄い勢いでその量を減らしていき、結局何分も前に食べ始めた私より早く食べ終えてしまった。
「あっそういえば、そろそろ美愛のママって誕生日じゃない?」
「うん、明日実家に帰って皆で食事する予定」
「そうなんだ、じゃあ由香ちゃんによろしく言っといて」
彼女は当たり前のように、ママを下の名前で呼んだ。
「わかった、言っとくよ」
「じゃあこの後、用事あるから」
席に座って十分足らずで、あきらは席を立った。
「あっ」
何かを思い出したような仕草をすると、私に向かって顔を近づける。
「あんまり自分をイジメちゃだめよ、何かあったら相談してね」
小声でそういうと、ハリウッドばりのウインクを残して去っていった。
彼女はいつもそう。
さり気なく気を配って、私を守ってくれているように感じる。
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