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初めて接近遭遇は高校二年の夏。
私は(イジメられる側にも理由がある)を地でいくような人間だった。
腐女子で性格も暗く、手首には中学で覚えた自傷行為の傷、おまけに左目は弱視で殆ど見えないし、大きなトラウマも抱えている。
こんなのがクラスにいたら九割方は虐げられる対象になるだろう。
私の弱視は幼い頃に母親が付き合っていた男から殴られ、視神経が傷ついてしまったことが原因だ。
その経験は精神的な後遺症を残してしまった。
男性に視界の利かない左側から腕を振りかぶられると恐怖で身が強張り、時には呼吸困難になるほどにパニック状態になってしまうのだ。
一部の人間はそのことを知っていたので、ガタガタと体を震わせ泣きじゃくる私の姿を面白がっていたのだった。
その日もクラスメイトの女子グループに廊下で絡まれた私は、取り巻きの男子達からお決まりのイジメを受けていた。
三人の男子は私を取り囲むと廊下の壁際に追い込み、代わるがわるに拳を握り私の左側から殴る真似をする。それを執拗に何度も繰り返すのだ。
その内の何回かは軽く眼鏡に触れてしまい、その度に殴られた恐怖が蘇り周りの状況が見えなくなってしまう。本当の意味でパニックになってしまうのだ。
私は頭を抱えながら両膝をついて泣きながら止めるよう懇願をし、女子グループと男子達は、そんな姿を嘲り笑う。
高校に入ってから約一年半、私はそんなイジメを何度もやられていた。
「ねえ、あんたら止めなさいよ」
不意に声をかけられた男子達は一瞬手を止め、女子グループも何事かと声の主を確認する。
それを発したのはクラスメイトの上条あきらだった。
「なんだオメーかよ、うっせー」
私とは”違う意味で学校生活から浮いていた”あきらの言動に女子グループの男子達もハッキリとした拒絶をしめし、同時に無視を決め込んだ。
再び私に向かって殴る真似をし始める。
「だから、みっともないから止めなさいって言ってるでしょっ」
今度は明確な怒気をはらんだ声だった。
「うっせーな、さっきから何なんだよ」
「皆で寄ってたかって女の子をイジメるなんて、恥ずかしいと思わないのっ」
私は震え縮こまりながら、突如現れた救いの主を盗み見た。
「思わねーよ、こんなキメーやつっ」
「ばっかじゃねーの」
「なにカッコつけてんだよ」
「あっち行ってろ」
「カンケーねーし」
皆一様に知性の欠片もない言罵は発し、あきらを邪険にした。彼らからしてみれば今までイジメを見て見ぬふりをしていた人物が、突然正義感を発揮したと思ったのだろう。
「うぜーな、消えろよオカマ野郎っ」
オカマ野郎。
この頃の上条あきらは校則もあってまだ男子生徒の恰好をしていた。スカートも履かず、胸にリボンも付けていない。
髪だけは校則ギリギリまで伸ばし、言葉使いや仕草は女性そのものだったけど、世間的にそのセクシャリティーは認められていなかった。
「オカマでも何でもいいから、早く止めてあっち行きなさいよ」
そう言い放つと三人の中でリーダー格の男子に向かって、つかつかと詰め寄る。百八十近い長身で睨みを利かせると、細身で女性のような仕草をしていても、それなりの迫力があった。
「てってめー」
ガゴッ。
思わぬ迫力に一瞬気圧されたリーダーは、それに恥ずかしさを感じたのか反射的にあきらの顔を殴りつけた。
思い切り拳を振るわれたあきらの唇から一筋の血が垂れると、女子グループと男子達はその場から逃げ出してしまった。
「大丈夫?」
あきらはそう言って、優しく手を差し伸べてくれた。
しなやかで細い指と柔らかなまなざしは、男性恐怖症の私でもその手を握り返すのに躊躇させない何かを持っていた。
これがあきらとの縁の始まり。
以降あきらは何かあると絶妙なタイミングで私を助けてくれ、初めて自宅に来た時にはママと意気投合し、当たり前のように下の名前で呼ぶ仲にもなっていた。
ママにしてみれば私に親しい友人が出来たのが嬉しかったのと同時に、もう一人の娘が出来た気分だったようだ。
勿論私もあきらのセクシャリティーを尊重して女性として接し続けている。
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