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 一夜明け土曜日、久しぶりに実家へ向かう電車の中で私の気分は高揚していた。 一歩外へ出れば暗い性格だけど、親しい人の前ではそれなりに明るく振舞えるし、何より私はママが大好きだからだ。 正直、何かと理由をつけては実家に帰っているので久しぶりというには大げさだけど、やっぱりあの空間にいるのは心地がいい。 迷っていた服装はTシャツに羽織風のカーディガンと黒のスカートに鼻緒付きのストラップサンダルにした。 これなら手首に大げさな包帯を巻かれていても着替えが楽だし、何より怪我を隠すのを止めたのが大きい。 駅を降りて歩道の広い平坦な道を十数分歩くと、住み慣れた低層マンションが目の前に現れた。  「ただいまー」 「おかえりー」 玄関を開けると直ぐに、パタパタとスリッパの音を立てながらママが迎えてくれた。 鍵を開ける音に反応したんだろう、まるで犬みたいだ。 私より少し低い身長、くりくりとした大きな目とショートカット姿は、無邪気な表情と相まってとても三十半ばには見えない。いつまでたっても少女のようだ。 スポーツブランドのTシャツと短パン、右の足首に簡易的な黒のサポーター姿はいつも通りの格好だ。 長年ヨガとダンスのインストラクターをしているので、足首に古傷があるらしいのだけど、私が小さい時からずっとこのスタイルなので特に気にすることもない。 幅の広い廊下を抜けダイニングに向かうと、大きなテーブルの上に沢山の料理が並んでいた。 「由香ママただいまっ」 テーブルの横では満面の笑みを浮かべながら、車椅子に乗った由香ママが両手を広げて待っていた。 私は走り寄って抱きつく。 「美愛、おかえり」 全てを包み込んでくれるような柔らかい笑顔に私の身体からは全ての緊張が抜けていく。 髪をふんわりと一つまとめにして、いつも通りの着替えやすい緩めのワンピースを着ている。 「あら?怪我したの?」 「えっうん、ちょっと転んだ」 「そう、一人暮らしなんだから気をつけなさいね」 由香ママは優しい口調でそれだけ言うと、それ以降怪我には触れなかった。 そもそも自傷行為に対して咎められた記憶もない気がする。 「ねぇーお腹空いちゃったよー早く食べよっ」 私の背後からハグをしてきた紗英ママが、甘えた口調で催促をする。 「もう紗英ちゃんったら、そうね先にご飯食べちゃいましょう」 「うんっ」 「はーい」 三人はそれぞれの定位置についた。 車椅子の由香ママの左隣に紗英ママ、その正面に私。 いつも通りの食卓がそこにあった。 「あっ由香ママ、自分の誕生日なんだからお料理サボればいいのに」 並べられている料理の半数以上は煮つけや照り焼きなどの和食が占めていたので、由香ママが作ったんだと直ぐに分かった。 紗英ママの料理の腕もかなりのものだけど、レパートリーの殆どは洋食なので長年二人の料理を食べてきた私には料理をみれば、どちらが作ったのかなんて一目瞭然だった。 「美愛っ、私だってちゃんと作ったんだよ」 すかさず紗英ママが突っ込みを入れてくるけど、どこかばつの悪そうな悪戯な笑みを浮かべていた。 「それは分かるけど、せっかく由香ママの誕生日なんだからゆっくりして貰えばいいのに」 「だって美愛が帰ってくるんだから、一杯食べて貰いたいじゃない。ねっ」 由香ママはさも当然のように言うと、紗英ママと目を合わせて笑顔を作った。 「もう由香ちゃんも三十五歳か、初めて会ったのが私が二十歳(はたち)の時だから、十五年も一緒なんだね。で、美愛が私達のところに来たのが・・えっと」 「私達が会ってから一年後くらいね。美愛が六歳で丁度小学校の入学の時だったし、色々あった時だから覚えてる」 一見何気ない普段通りの会話のようだけど、ほんの少しほんとに微細な分子レベルの緊張が一瞬だけ走った。 「そっかママ達は今の私くらいの時からの付き合いなんだ」 それを察した私は咄嗟に言葉を挟んで、せせらぎのような心地よい会話の流れを止めないようにした。
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