ももいろ

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100円均一で宗一郎さん用のお弁当箱を買った。 と言っても、おかずだけが入る小さなもの。 それとおにぎりケースにした。 お弁当なんて迷惑かなと迷いもあったけど、あんなラップに包んだだけのおにぎりを嬉しそうに持っていってくれたんだから。 9月はまだ暑い。 午後の1番暑い時間、スーパーで買った重い袋を持って歩くのはツライ。 なのにそれさえ楽しく思えた。 一人じゃない。 それだけで世界が明るくなった。 「ただいま〜」 アパートの共用玄関でそんな言葉を呟いた。 ここは嫌な場所じゃないと、昨日実感したからかな。嫌で嫌で仕方なかったのに、ここのみんなはいい人たちばかりだった。 そうすると、共用台所の冷蔵庫だって平気になった。 他人と冷蔵庫を共有するなんて嫌すぎて、一番安い小さな冷蔵庫をなけなしの所持金で買った。 今日はかぼちゃが買えたから、また宗一郎さんに煮物食べてもらおう。 お鍋でことこととかぼちゃを炊き、鶏肉はタレに漬け込んだ。今日は唐揚げ。 明日は唐揚げを甘酸っぱくしてお弁当に。 だけど宗一郎さんは帰ってこなかった。 朝起きても、そこに宗一郎さんはいなかった。 帰ってきてから揚げようと思っていた鶏肉は朝から揚げた。 「はぁ…」 「でっかいため息つくね~朝っぱらか」 台所を覗いたのは裕貴くんという院生。 唐揚げの横でお湯を沸かし始めた。 「宗一郎くんは?  あ、俺先生とか呼ばないよ  ここにいたらただの住人だしさ~  まだ寝てんの?  コーヒー飲むだろうから起こしといでよ」 「あー…いません」 「は?」 「帰ってなくて」 「え、さっそくの外泊?どこ行ってんの?」 「わかりません」 「電話してみりゃいいじゃん」 廊下の公衆電話から電話をかけようかと迷った。 だけど、私に何の権利があって宗一郎さんに「どこにいるの?」なんて言うの? 「1個もらい~」パクッ 一緒に暮らすわけじゃないんだから。 唐揚げ入りの豪華なお弁当が出来上がった。 タッパーにも沢山の唐揚げが。 夜は帰ってくるかな。 もう帰ってきてくれなかったらどうしよう。 家に帰ったかもしれない。 宗一郎さんには家がある。 家族がいるんだ。 「今日は元気ないね百瀬さん」 「あ…スミマセン!」 お客さんの波が引いた午後、レジのお金を数えていた大先輩が私の顔をのぞき込んだ。 「もしかして恋の悩み〜?」ニヤニヤ 「や…!そんなんじゃ!」 「いいわね〜若い子は」 これは恋の悩みなのか? 宗一郎さんのこと好きだけど、今までしてきた恋の悩みとはなんかちょっと違う感じがする。 「百瀬ちゃん休憩どうぞ〜」 「はい!」 レストランの入口付近の席に、今朝作った唐揚げ弁当を置いて座った。 なんとなく従業員はみんなこのあたりに座る。 お客さんはあまり好まない席だからかな。 満員じゃない限り埋まらない席だ。 「いただきます」 全く食べたくない。 唐揚げ好きなんだけどな。 かぼちゃをひと口食べて、箸は止まってしまった。 「あら百瀬さんお弁当なんて偉いわね〜」 「あ、お疲れ様です」 今からシフトに入る元田さんがフロアの掃除に出てきた。 「若いのに上手ね〜」 かぼちゃの煮物は立ち読みで暗記したレシピ。 唐揚げは、スーパーのサッカー台に置いてあった無料レシピを貰って作ったものだ。 「このあとは売店?」 「はい」 「便利に使われちゃってるわ〜  嫌だったら嫌って言わなきゃよ  じゃないとどんどん仕事言われるわよ」 最近よくこれを言われる。 別に嫌ではなくて、シフトに入れてもらえるのは助かる。 嫌と言わないのはいけないのかな。 仕事に慣れてくると別の悩みが出てきた。 また勝手にため息が出た。 「いた」 え? 「くるみちゃん昨日はごめんね」 急いで来た。そんな感じ。少しだけ息が弾んでる。 「急に当直になってしまって…  でも連絡手段がなくて伝えられなかったんだ」 「帰ってくるつもりだった…?」 「は?え、当たり前じゃん」 「なんだ…そっか!」 「ほんとごめんな」 「一緒に暮らすのに  そういう連絡をどうするか考えないとな」 「え…?」 「ん?あ、美味そう  もしかして昨日の夕飯だった?」 一緒に暮らすんだ どうしよう、顔がニヤけちゃう。 「くるみちゃん?」 「や、なんでもないです」フフフ ぽんぽんと頭に手が。 宗一郎さんも笑った。 「かぼちゃ食べていい?」 「どうぞ」 宗一郎さんは私の前に座った。 「はい」アーーン 「や…」 「え?」 「い…いただきます」 ちょっと大きめカットだったかぼちゃ。 宗一郎さんはパクっと食べた。 「宗一郎さん顔赤い」 「ん…ちょっと暑かっただけ」 その後私は元気になった。
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