ももいろ

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俺は別に医者になりたかったわけではない。 「岡田先生お願いします!」 ならなければいけない環境だっただけだ。 「はいはい」 医者以外の選択肢はなかったんだ。 「井川さんわかりますか〜?」 これ駄目だな。 「家族は?」 「今向かってます!」 「挿管するよ、準備して」 命を救おうとした手を看護師が止める。 患者は50になったばかり。 確か高校生の子供がいた。 頭の血管が切れて運ばれて来た5日程前、救急の廊下でスマホを見ている姿を見た。 「希望されていません」 俺は何故医者になったのだろう。 「昼行ってくる」 「はーい」 パンをかじりながら松野が適当に返事をする。 「あ、岡田先生  携帯はちゃんと持ってて下さいね」 事務員がそう言うから、俺は胸ポケットから携帯を取って見せた。 医局から廊下に出ると待ち構えていたように 「岡田先生お疲れ様です!」 製薬会社に捕まる。 面会の約束をしても、その通りに予定はすすまない。 寝る暇も、食べる暇もないのに。 ここは完全にブラックだ。 なら辞めればいい。 実家に帰って、お気楽に一次救急を診てればいい。 院内にあるレストランもすいてる時間。 昼時はとっくに過ぎていた。 明け方に2時間程度寝ただけで、その後座る暇もなかった疲れ具合で食欲があるはずない。 食べるより寝たい。 「お願いします」 「はーい」 注文口で注文をし、支払いをして席につくシステム。 奥から出てきたのは初めて見る店員だった。 「かけうどん」 注文を言い、ネームプレートの職員証をリーダーにかざす。 ひと月分をまとめて支払うツケ払いだ。 「かけうどんですね」 レジを操作する店員はもたもたと 「あれ…あれぇ?」 見れば胸元に初心者マーク。 道理で見たことない顔だ。 「番号打たないでいいの?」 レジに来た店員はいつも、注文を打つ前に何かしらピピピっと押す。 それが自分のコード的なものなのか、ロックを解除する何かなのか、わからないけど俺たちと同じで、担当の個人を識別する何かがあるんだろうと思っていた。 「300円でーす」 「カードから引いて」 「カードですね」 カード置いてんだからわかるだろ。 ピロロン 現金が電波に乗って飛んで行く音。 そう言えば久しく現金を見ていない気がする。 呼び出しベルをもらい、壁際のカウンター席で待つこと5分。 ピピピピ 呼ばれてもらいに行くと 「お待たせしました〜」 いつもいるおばちゃんが受け取り口に置いたのは 「……」 天丼。 どういうシステムでオーダーと厨房と料理出しは動いているんだ。 「かけうどん頼んだんですが」 「え?A3番でしょ?」 「はい」 「天丼のオーダー入ってますよ」 おばちゃんが見せてくれたオーダーの画面は確かに天丼。 「じゃあ作り直しますね  あ、精算もやりなおすんでレジに」 面倒くさいな。 「いいです、食べます」 こんな油の塊食いたくなかった。 食べたくないからか、たらたら食べていたら 米を半分食べたとこで呼び出しの電話が鳴り、食事は中断された。 「はい岡田です」 『岡田先生救命にお願いします  5分で到着します』 「了解」 タレ飯しか食べてない天丼を下げ口に返し、レストランを出た所で 「ありがとーございましたーー」 初心者マークの店員が、見もせず口だけ礼を言い、表のメニューを貼り替えていた。 一言物申そうかと立ち止まると、その店員は振り向き 「ありがとうございました〜」 ニコッと笑った。 「ご馳走さま」 ま、いっか。
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