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1ー2 夜更けの客
扉が開く音がして俺が顔をあげると、その男は、そこに立っていた。
その男は、薄汚れたなりをしているわりに小綺麗な外見をしていた。
美しい銀色の短髪に、深い緑の瞳をした若い男だった。
彼は、この店に来たときにはすでにぐでんぐでんに酔っぱらっていて1人で歩いてきたことが不思議なほどだった。
俺は、厄介なことになる前に男を店から追い出そうとした。
「もう、閉店ですよ、お客さん」
「この店は、泊まることもできるんだろ?」
男は、俺の手を握ってきた。その手は、暖かいというよりも熱いというぐらいだったのに、なぜか、俺の背筋がぞっとした。
あきらかにベータとは違う感触だった。
これは、アルファだ。
子供の頃からアルファであるエドに育てられてきたからよくわかった。
こんな奴の相手をしていたら身がもたない。
俺は、男の手を振り払おうとした。
「客か?セイ」
背後から店の主であるライナスの声がした。ただでさえあがりの少ない俺は、びくっと体を強ばらせた。
「仕方がないか」
俺は、その酔っぱらいを連れて2階へと向かった。
これで、今夜は、1人で寝ないでいいのかと思うと少し、ほっとしてもいた。
だが、これだけ酔っぱらっていれば、いくらアルファでも立つものも立たないだろう。
俺は、そんな軽い気持ちでいた。
俺があてがわれている部屋は、物置みたいな狭い部屋だ。
日当たりも悪いし、なんだかかび臭い。
それでも、家なしになるよりかはいくらかましだった。
俺は、部屋へ男を連れ帰ると、ベッドへと横たわらせた。
「うぅっ・・」
男が低く呻いた。
俺は、笑って男に水の入った欠けたコップを渡した。
「ほら、水だ。あんた、飲みすぎなんだよ」
「ああ・・」
男は、素直にコップを受けとると水をうまそうにごくごくと飲み干し、溢れた水滴を手の甲で拭った。
「ここは?」
「下町の酒場だよ。『雉猫亭』ってんだよ」
俺は、あえてここがどういう場所かは言わなかった。
男の着ている外套を脱がしながら、俺は、厄介事はごめんだぜ、と心の中で呟いていた。
みすぼらしい格好に思われたが、じっくりと見るといろいろ身に付けている物は、高価そうなものばかりだった。
もしかしたら、こいつは、拾い物かもしれない。
俺は、男の着ている薄汚れて灰色に近くなっているシャツを脱がしてやりながら、そっと男の体に目を落とした。
鍛えぬかれた騎士か上級冒険者のような分厚い胸板だ。
それにしては、肌の色は、白く日に焼けていないのが気になった。
「もしかして、あんた、名のある騎士かなんかか?」
俺が訪ねると、男は、妙な表情を浮かべた。
「私が騎士、だって?」
「ああ」
俺は、男をベッドに寝かしつけながら囁いた。
「あんた、意外といい体してるから、さ」
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