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話が終わり本部を出たのは丁度昼時。俺達は共に街の食堂に入り、その店のお薦めの羊肉のソテーを頼んだ。この店は羊肉が絶品だ。 いつかミノルにも食べさせたいな、そんな事を思いながら肉を頬張った。 「あの下働きの男を探してみるか」 「ああ、そうだな」 「簡単に探せる手がかりっつったらあの男だろ」 「だが、もうあの店には来ないんじゃないか?」 昼食を食べながら俺達は今後の計画を話し合っていた。騎士団長からの無茶振りは面倒なだけだが、俺もサーキスも断れる立場ではない。 サーキスは大隊長から『手がかりだけでいい』と言われた言葉を免罪符にしてさっさと終わらせたい気持ちを隠せていない。かく言う俺もあまりこの件には深く突っ込みたくないのが本音だ。 ミノルの事が無ければ俺もサーキスと同様の対応だったに違いない。 「だろうな……でもまぁ、他の客に聞けば住んでる場所位すぐわかんだろ」 「そうだな」 「何度かあの店に行ってたなら見知った奴位いるだろ。まぁ難しい事じゃないわな」 あの男にライカとキルシスの行きそうな所を聞けばきっとそれで終わるだろう。いや、終わらせよう。 ミノルの蹲る姿を思い出すとこの件に関わらせるのは躊躇われた。 「あ、そうだその時にあれも聞かんと」 サーキスが何かを思い出した様に顔を上げた。なんだろうと俺もサーキスを見やる。 「あれとは?」 「ほら、あいつの代わりに物乞いみたいなガキが雇われたって話だったろ?あの店は多分そんなガキを連れ歩く程大事にはしてねーだろうし。きっとどっかに放り出されてんじゃね?」 普通に考えればそれは妥当な案だった。 サーキスの言う通りミノルは大事になどされてはいなかったのは一目瞭然だ。身体は傷つきボロボロで、食事すらまともに取れていなかったせいで痩せこけている。きっと誰にも頼る事が出来ずにただ耐えていたのだろうと容易に想像がついた。 そんな扱いの下働きなど奴等が連れ歩く道理はない……まともに金を払わなくていいミノルをあの店が雇っていただけなのだろう。 そうは思うが、ミノルの事を俺もまだちゃんとわかってはいない。あの場所は貴族の街でミノルの黒が相容れる事はないはずなのだ。それでもあそこから逃げずにいた理由がまだわからない。 それもあり今不用意にミノルを渡すには不確定要素が多すぎた。 「どうせならそのガキにも話を聞きたい所だな……そいつの方が内情に詳しいかもしれんしな」 それは俺も思っていた事だ。 あんなに痛め付けられてもあの店にミノルが拘るのは何故なのか。ライカと何かしらの繋がりがあるのではないか。 考えたくなかった事がじんわりと浮き彫りになっていく。 もしミノルが店の内情を知っていたら……何かしらライカに加担していたら……その時俺は……。 「……どうした?グレイン」 考え込んで食事も止まってしまった俺を不思議そうにサーキスは覗きこんだ。 隠し通せる訳もない。サーキスは諜報能力にかけてはピカイチだ。隠した事でそれを勘繰られる恐れもある。ミノルをまた無体な目に合わせる訳にはいかなかった。 心を落ち着かせる為に小さく深呼吸をして口を開いた。 「……その件で内密に話がある」 「内密に?」 「ああ」 怪訝な顔をするサーキスに俺は頷いた。 「ここでは不味い話か」 「……ああ。この件はトーリィにも話しておかねばならん事だ」 「んじゃ、まず飯食ってからお前んとこの隊舍に行くか」 「そうだな……」 サーキスはそれ以上何も言わず、黙々と羊肉を口へと運んだ。 サーキスを連れて北の隊舎に戻ると、隊舎の中がざわついた。 突然東の隊長が来た事もあるだろうが、サーキスは昔から学校でも街でも有名人だ。 どんな相手にも臆せず笑顔で応じる彼は上の者からの覚えも良く、下の者からは慕われている。いい男振りを常に発揮している彼は、警備隊内でも街でも、何処へ行っても人気者だった。 そんな人物が来た事に、特に事務方の方からは華やかなざわめきが起こった。 「あれ?ローウェル隊長、わざわざ北まで来るなんてどうしたの?」 そのざわめきの中から聞きなれた声がした。事務方の人だかりの中からサーキスに声を掛けたのはアルベルトだった。 「うえ、なんかお前からそう呼ばれんの変な感じだな」 サーキスが舌を出し、肩を竦めるとアルベルトは頬を膨らませた。 「一応職場だからわきまえてるんですぅ」 「へぇ……誰かの尻を追っかけてるだけじゃなかったのか」 「なっ……!サーキスはどうしてそういう事ばっかり言うかな!僕だってちゃんと仕事してるし!」 「ついでにうちの隊の事務処理までしてくれりゃいーのに」 「僕は北部隊所属なのでお断り!」 「冷てーなぁ」 二人の掛け合いは相変わらずだ。 美人で人懐こいアルベルトもサーキス同様人気者だ。アルベルトに恋情を持っている隊員も何人か知っている。 そんな二人の掛け合いを隊員や事務方のメンバーは楽しそうに見つめている。 しかし俺は学生の頃から変わらない楽しげなやり取りをのんびりと聞く気分にはなれなかった。 ミノルの事をサーキスに話す事がミノルの安全に繋がるのか……まだ一抹の不安があった。 しかし話さなければいけないとも思っている。 警備隊で誰も知らなければ、もしも何かあった時に庇う事も助ける事も難しくなるだろう。 ライカにミノルがこれ以上酷い目に合う事は避けなければならない。 貴族で固められた騎士団相手に引き渡す事など到底許せるものではなかった。貴族に嫌がられる黒を持っているミノルは奴等に何をされるかわかったもんじゃない。 「ライカ」での無体よりも酷い目に合う可能性が高かった。 貴族ではあるが、サーキスならばきっと色への偏見など持たずにミノルと向き合ってくれるだろう。 元来サーキスは普段の飄々とした言動でわかりづらいが芯のしっかりした優しい男だ。きっとミノルが嫌がる事はしない。ミノルも彼に慣れれば俺へ向ける態度と同じ様に慕うのだろうか。 そこまで考えて何故か嫌だな、と思った。何が嫌なのだろうかと首を捻るがわからない。 それを不思議に思いながらも取り敢えずトーリィを呼び、楽しげに話す二人を置いて先に執務室へと向かった。 「遅くなった。悪ぃな」 遅れて執務室に来たサーキスは俺の向かいのソファーに座った。その隣にいるトーリィは居心地が悪そうだ。 「お、トーリィ久しぶり」 「お久しぶりです……」 トーリィは頭を下げながらさりげなくサーキスから距離を取った。会えば都度からかわれているトーリィの防衛本能なのだろう。 しかしそれに気付かない訳がないサーキスは満面の笑みを浮かべ、追いかける様にジリジリと距離を詰めた。 「何だよ、取って食いやしねぇって」 「そんな心配してませんし」 「まぁ食えっつーなら食うけどな」 「なっ……!」 あからさまに動揺して及び腰なトーリィにサーキスはニヤニヤしながら更ににじり寄った。 その反応が楽しくてついからかってしまうと以前話していたなと思い出す。 まぁその気持ちは少しはわからなくもない。 「サーキス、うちの副隊長をそんなにからかうな」 「挨拶しただけじゃん」 「からかい甲斐があるのはわかるが」 「隊長まで酷くないですか⁉」 「よかったなぁトーリィ君」 「よくないです!」 騒ぐトーリィの頭をガシガシと撫でるサーキスは本当に楽しそうだ。それを拗ねる様に睨むトーリィもまた、いつもの事で諦めているのか本気で怒っている訳ではなさそうだった。 「で?お前は何を隠してる?」 視線をこちらへと向けたサーキスの表情がガラリと変わる。警備隊員の顔だ。それに気付いたトーリィも居ずまいを正した。 「その少年は今うちの屋敷にいる」 どう話そうかと悩んだが、結局そのままの事を伝える事にした。 俺が「ライカ」の二人と対峙した時の事--------ミノルと会った経緯と、今の彼の状況を話すと二人は渋い顔になった。 「ミノルはライカで受けた傷や痣が酷くて満身創痍だ。翌日から熱が出て、今は俺の屋敷で療養している」 「ああ……だからあの時変によろけてたんですね」 店での事を思い出しながらトーリィはうんうんと頷いた。 トーリィが隠れていた場所は扉の中までは見えない位置だった。倒れる時に扉が開いた事によりバランスを崩したためにトーリィからはただ殴られて倒れた様に見えたようだ。あの二人にも同じ様に見えていたために疑われなかったのかもしれない。 「じゃあ話は簡単だ。これからそいつに話を聞きに行けばいいだけだろ」 「それは駄目だ」 「……何故だ?」 すぐさま拒絶する俺をサーキスは怪訝な表情で見た。 「ミノルは人を怖がる。うちの執事や女中頭にすら暴力を振るわれると思って怖がったんだ。前触れも無しにお前の様な屈強な男に会わせたら、それこそミノルはショックで倒れてしまいかねない」 「は……⁉」 ミノルはやっとケインとモナに慣れてきたところだ。その二人にもまだ緊張するというのに、サーキスの様なキルシスと同じ位体格のいい男になど会わせる事は出来ない。ただでさえ小さい身体をまた更に小さく丸めて怖がり苦しむ姿などもう見たくなかった。 「……そんなにか?」 「あの店では多分それが日常だったんだろう」 「……酷いですね」 サーキスはその状況に驚き、トーリィは辛そうに顔を顰めた。 「何でそのガキはそんな事になってる?」 「わからん……あれは給金もまともにもらえていなかったはずだ。食うのも厳しかったようで、ミノルの胃は小さくて食事も少ししか受け付けない」 「医者には」 「診せている」 話を聞いてサーキスは渋い表情になり探る様に俺を見た。サーキスには包み隠さず話しているので探られたところで痛くも痒くもない。 サーキスがミノルの味方になってくれるなら何かと心強い。 「こちらで保護した方がいいのでは」 トーリィが言う事はもっともだ。しかし、人を怖がるミノルを知らない大勢の他人がいる場所へと無責任に託す事はしたくない。 「ミノルはまだ動ける状態ではないんだ。俺の屋敷でも今のところは問題ない」 ミノルの容姿を思うと、本当は貴族という肩書きのある全てから隠してしまいたくなる。今後の事を考えると平民のいる街で黒を気にせず幸せになる事がミノルの為になるのだろう……そう思う反面、ずっと俺の側に置いておきたいとも思う。 「お前はそいつをどう思う?」 ミノルにはこれ以上苦しい思いをして欲しくない。今は小さく口角を上げる程度だか、ちゃんと笑っていて欲しい。心の憂いを全てなくしたミノルに笑顔になって欲しい。 「……ミノルはもう成人しているのにとても小さい。あんなに辛い目に合っているのに世話をされるのが申し訳ないと泣くんだ……寝言で寂しいと言うのに起きている時にはそれを出さない様にしているのが見ていてとても苦しくなる。出来れば俺が……ミノルが寂しくない様にずっと守ってやりたいと思っている」 するとトーリィはポカンとした表情になり、サーキスは何故か真顔になった。 どうしたのだろう。お前が聞いたから答えたんだがと不思議に思っていると、ブフッとサーキスが吹き出した。 何故そんな楽しそうに笑うのかがますますわからなかった。 「ちげーよ!俺が言ってんのはそのミノル、だっけ?そいつとライカの繋がりがあるか、お前的にはどう思うかって聞いたんだよ。お前のそのミノルへの暑苦しい気持ちは聞いてないっての!」 「あ……」 サーキスはヒーヒーと腹を抱えて笑い続けた。 そうだった。今はライカの話をしていたのだ。俺の感情などそこに必要はなかったのに、暑苦しいと言われる程ミノルの事を熱弁してしまった自分が恥ずかしくなり言葉に詰まった。 大笑いするサーキスとは対照的に何故かトーリィは困った顔をしていた。 「あのぉ……隊長ぉ、アルベルトさんはいいんですか?」 「アルベルトがどうした?」 「……あー、いいですいいですわかりました」 困惑しながら何だこれアルベルトさん可哀想、などとトーリィが呟いているがその意味がよくわからない。それを見てサーキスの笑いが更に大きくなった事も理解出来なかった。 友人であるアルベルトにも話せと言う事だろうか。しかし、ミノルの事はまだ公にはしたくない。 「ライカ」との関わりがハッキリするまで彼を知る人物は最小限にしておきたかった。 笑いも少し治まったサーキスは腹を押さえながらもこちらに向き直った。 「はぁ……いやー、マジでおもろいわー……グレイン、こいつの言葉は気にすんな。で?改めて、お前はどう思ってる?」 「あの店でミノルは殆んど給金をもらえていない。食事もまともにとれていなかったからな。下働きにすら金を払いたくない奴等に雇われていたという事だと思う。あそこでの暴力は奴等がミノルをそれ以下に扱っていた事の証明になるだろう。……あそこは六番街で未だに古い考えの貴族が多い。だから余計にミノルの扱いが酷かったのだろうと思ってる」 改めてミノルの事を説明するとサーキスは、ん?と首を傾げた。 「だからってのはどういう事だ?」 この二人なら信頼出来る。例え真実を伝えてもミノルの事を忌避する様な事は無いだろうと俺は二人を見据えた。 「ミノルは髪の色も瞳の色もこの国には無い……「黒」だ」 「黒!?」 トーリィが驚いて大きな声を出し、慌てて自分の両手で口を塞いだ。サーキスでさえ言葉を出す事が出来なかったようだ。 「……そう、黒だ。異国にはたまにいるそうだが、俺はあんな漆黒の色を初めて見た」 黒なんているんだ……と、トーリィは驚きしきりだ。逆にサーキスは考え込む様に顎に手を当てた。 「黒か……そりゃ余計に六番街にいるのが不思議だな」 「ああ、だから俺もあの店とミノルが全く関係ないとは言い切れない」 「……そうだな」 言い切れないからこそ今は他人に会わせたくない。 平民出の多い警備隊ならまだしも、貴族で固められている騎士団の奴等になど会わせたらミノルは理不尽に糾弾されて壊れてしまうかもしれない。 もしもミノルがライカ達に荷担している様な事があれば、俺が何を言ったとしてもミノルの手を離さなければいけないのだ。 ミノルが「ライカ」とどの様な関わりがあるのかわからないうちは公には出来ない。 怖がるミノルをもう見たくはない。俺が側でミノルを守れるならばそれが一番いい。 執務室が何とも言えない空気になった。 二人はミノルの事、その持っている黒の事を考えているのだろう。 「よし、わかった」 すると急にサーキスがその空気を変える様に声を出した。 「ならそのミノルが店とどんな関わりを持っているのか、お前がきちんと確認しろ」 「サーキス……」 「お前もミノルとライカの繋がりがどんな物か気になっているんだろ?そこをすっきりさせてお前が納得するなら俺もミノルの事は協力する」 「すまない……」 サーキスの優しさがとてもありがたかった。 学生時代からの友人は、俺が気になっている事を理解した上で妥協案を出してくれた。 「それからだ。寂しい辛いとそいつが泣くならお前がちゃんと守ってやればいい」 「感謝する」 ニッと笑うサーキスがとても頼もしく見えた。 「大隊長の件は俺とトーリィで調べる。どうせ俺達は情報提供だけすりゃ終わりなんだ。いいなトーリィ」 ポンと肩を叩かれたトーリィは顔を引きつらせた。 「うえっ?マジですか!ローウェル東部隊長!」 「サーキスでいいぞ」 ヒィッと怯えながらサーキスを見るトーリィは逃げようにもガッチリと肩を掴まれて動けない。 「やですよ!ローウェル隊長んとこの人達に俺が睨まれちゃうじゃないですか!」 「皆優しいから安心しろ」 「絶対嘘だ!」 「俺んとこで可愛がってやるよ」 「可愛がらんでいいです!」 本気で楽しそうなサーキスにトーリィは逃げ腰になったが肩を掴まれたままなので動けない。 「まぁ、そういう事でグレインはそっちを頼むな、行くぞトーリィ」 「うえぇ、拒否権無しですか」 「お前と俺ならこんな仕事すぐ終わる」 「……わかりましたよ、本当にすぐ終わらせますからね!」 楽しそうなサーキスが立ち上がると、ブツブツと文句を言いながらトーリィもそれに倣った。 何だかんだ文句は多いがそれでもちゃんと仕事を遂行しようとするトーリィは流石だなと思う。 「ま、お前に初めて春が来たんだ。蟠りを無くしてきちんと自分の気持ちに向き合え」 春、とは? どういう事か疑問に思ったがそれを聞く前にサーキスは文句を言うトーリィを連れて部屋を出て言った。
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