0人が本棚に入れています
本棚に追加
助手が頷く。
「君は戦争のあとの生れだから知らないのでしょう。この地球では五千以上の言語が話されていたんです。国や地域や民族によって違っていて、お互いに話が通じませんでした」
「だけど、民族の征服や言語改革で、ほとんどの言語が絶滅したの。人々はわずらわしい旧言語を捨てて、科学者たちの作った世界共通語を使うようになった」
リピが言った。レターが溜息をつく。
「僕もこの研究室に通うまで知らなかった」
「じゃあ、今俺たちが話しているのって……」
フミが声を震わせる。教授が鉄棒を置き、言った。
「戦前の言語とは何の繋がりもない、人工言語です」
フミは自分の唇に触れた。
この言葉は教師だった祖父から学んだものだ。祖父も同じ言葉を話していたと、フミは信じていた。フミは祖父の声を覚えていないが、彼から受け継いだ言葉を話していると思うと、近くで見守ってくれているような気がして、心強かった。
だが、本当は歴史の浅い、作り物の言葉だった。フミたちとその祖父母とは、全く違う言語を話していたのだ。世界中の言葉を殺した昔の人間たちを、フミは憎んだ。
最初のコメントを投稿しよう!