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この愛をどう思うか、という疑問を持ってわたくしは筆をとることにした。
これはまるで自分から派生したものではなく他人の褌で相撲をとるようなものである。
しかしそれでもこうして何かを書くという行為はあの男にはできない。
私がこうしてこれを書くという事はあの男の願いでもあったから、わたくしが非道な行為をしていると思われてはいささか憤慨も感ずるというもので、こうやって話の最初に言い訳がましい文章を書いているのだ。
もしもわたくしが何も考えずにこの話に題名をつけるとすればやはり【ラマン】である。
だがあえて名付けよう。
疑問を託して。
【いかほどの価値】
こんばんは、とその男はやってきた。
全体で八畳のスペースのわたくしの家、窓もロクに閉まらぬあばら家である。
そしてわたくしはこれでも正常な女性なのだ、深夜にコンコンとやられれば驚くにきまっている。
…むしろ迷惑だ。
しかし男はこちらの都合はお構いなしに上がりこみ、こんばんは、とやった。
「こちらですか、お話を買っていただけるというのは」と尋ねられ、わたくしは黙って頷いたが、諸事情で安い金額になることを伝えるとそれでもよいと男は快諾した。
男の身なりは小奇麗であった。
目が肥えているわたくしによればその男が来ているのはわたくしの給料2ヶ月分はするブランドのスーツで、ささくれだった畳の上に座る。
無論座布団はない。
家に客を呼ぶ性質ではないし、私は雨さえしのげれば問題ないタイプだ。
よく言えばミニマリスト、悪く言えば貧乏人なのである。
年齢は40前後だったと思う。
紅茶でいいかと訪ねると、わたくしの家の衛生状態を心配しながらもすみませんと礼を言った。
彼の滞在時間は2時間ばかりであったけれど、紅茶のカップに一切口を触れなかった。
失礼な奴と思う。それでも、これを書いている今、彼のこれからを少し想う。
雀の涙ばかりの謝礼を彼はどう使うのだろうか。
…どうもすみません夜遅くに。
いえ、これから地元に行くので遅いのがいいんです。
朝早くに人に会う約束をしています。あなたは大丈夫ですか。ああ、それなら良かった。
人間休みもないと駄目ですからね。私は特に時間を気にしない商売で。
…そんなに構えなくっていいじゃないですか。あやしいものじゃない、といっても信用はありませんが、松島さんご存知でしょう。
面白い奴がいるからといわれてきたんですが、まさかこんな方とは思わなかった。
いや、悪い意味じゃないんです。それは、ええ…ほんとに。
名前を名乗るのは堪忍してもらえませんか、ああ偽名ならいいと思います。
じゃあ、佐藤でいいですか。はい、よろしく。
面白い話、というのはあまり知りません。お笑いは好きじゃない。
私が好きな話と言ったら、普通の人が不愉快に思えるような類でして。
誰かが何人女を騙しただとか、どこぞの誰かが酷い目にあったとか…。
ああ、あなたもそうなんですね。
そういう話を集めて書いてらっしゃる。
まあ、本当に面白おかしい話となんてものは毒がなくっては。
なんだか私と同じ世代のようですね。余計なお世話?そりゃあ失礼しました。
さて、私の話を買ってくれますか。どうも誰かに話したくて。
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