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バカンスか何か
上司より一週間の休日を言い渡された。怒涛の七十時間残業を半年間続けた結果である。度重なる残業に労働者は顔を青くし、労基が顔を真っ赤にした結果である。なお、上層部の顔面は蒼白であったという。
連休初日、私は家事に勤しんでいた。普段は仕事にかまけて妊娠中の妻を蔑ろにしていると言っても過言ではない。こんな機会でもなければ家のことなど関与できないのだから、と、私は熱をあげていた。しかし。
「折角のお休みなのだから何処かに出かけてきなさい」
という妻の一言により、私は家を追い出されるに至る。亭主元気で留守がいい。という冷たい言葉ではなく、心の底から私の心身を案じての言葉であった。身重の妻を置いて一人で出掛けることに抵抗がないこともないのだが、よく考えれば日常の仕事がそうであった。普段から義母さんを呼ぶなりして支えを受けているし、今回もそうするのであろう。私は甘んじて妻の優しさを受け入れることとしたのである。
会社からは休みを言い渡され、家でも妻から休みを受けた私は目的もなく街を歩いていた。眼鏡でも新調しようかと思ったが、その足取りと内心は不安定である。会社人も大黒柱も、気は早いがひいては父親も休みである。それでは、今の私はなんであろうか。自己の存在を問うなど、初めて哲学書に触れた高校以来だと苦笑する。
ふと足を踏み入れた公園で一枚のポスターが目に入った。
『クスリやめますか、人間やめますか』
会社人でなく、大黒柱でも父親でもない。更には人間であることまでやめたら私はいったい何になれるのであろうか。私の好奇心はかつてない燃え上がりを見せ始めたが、クスリをやっていい理由などこの世のどこにもありはしない。
気付けば私は走り出していた。
人目など気にしない。運動に適した服装かどうかなども関係ない。今の私が求るはランナーズハイその一点。つまるところは脳内麻薬である。
街中を抜けて郊外へ、田園を駆け抜け林へ入る。木々をかき分け山に踏み入る。
プツン、と頭の中で何かが切れた音がする。その刹那より身体を駆け巡るドーパミン、アドレナリン、エンドルフィン。
──私は何をしているのだ?
人間をやめるというのに鞄など使うのか? 私は鞄を投げ捨てた。
人間をやめるというのに服など着ているべきか? 私は服を脱ぎ捨てた。
人間をやめるというのに眼鏡など必要か? 私は眼鏡を空高く放り投げた。
ああ、これが人間をやめるということなのか。私はその開放感と多幸感に耐え切れず、もはや言語とも言えない訳のわからぬ音を叫びながら獣道を走っていた。喉が渇けばウロに溜まった雨露を啜り、腹が減れば木の根を喰んだ。
人里離れた山で人間を辞めた私はどうなるものか、やはり虎にでもなるものかと考えていた。しかしもちろん、姿形が虎になることはなかった。何故ならば私は天狗になっていたからである。
池の水に目を向けると顔色は赤黒く、鼻が高く聳え立つ。そこらの木の葉を片手に振れば旋風が巻き起こる。さらには神通力である。自由自在に空を飛ぶことさえ容易であった。
日がな一日、山に踏み入る人間を旋風と神通力でからかって過ごしていた。慌てふためく人間の姿が可笑しく、けらけらと笑ってばかりいた。
逃げた男が写真を落としたので、それを拾う。青空で雲を枕にじぃっと写真を見る。そこには幸せを噛み締めている先ほどの男と、その妻と子どもが笑っていた。
そういえば自分にも妻がいた。子どもだってもうじき産まれる。そろそろ休みも終わるし帰らなければ。そうやって地に足が付いた考えを浮かべた瞬間、私からは神通力が失われて空から落下した。
木の枝に支えられながら仰向けに落ちた私は、空を仰ぎながら妻の元に帰ることを決めた。
「あら、お休みは終わり? 楽しかった?」
私は休みの間の出来事を事細やかに妻へと話した。
その結果、私は病院へ連れて行かれ、会社をもう一ヶ月休む運びとなったのである。
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