2.天使(あまつか)さんとボク

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

2.天使(あまつか)さんとボク

少年は目が覚めると、まず天井を見る。 代わり映えのないしみ一つない真っ白な天井に対し、少しがっかりした気分になる。 そして次は窓にかかっている白いカーテンを開ける。 この季節になると室内に暖房がかかっているとはいえ、少し床がひんやりとする。 そしてまだどこか朝でも夜でもない薄暗い空を見るのが最近の彼の日課になっている。 不思議な空。でも30分もたたないうちに朝日が昇り、一日が始まる。 寒いだろうけれど、外に出ればその空気の気持ちよさも味わえるのかもしれない。 …しばらくは無理そうだけど。 現実に引き戻されるように彼は自分の右腕に繋がれた点滴を見た。 彼の名前は洸祐(こうすけ)。 普通の小学5年生のはずだったのだが、二年前ある病気にかかりこの病院に入院することになった。 最初は「すぐに退院できるよ」に代表される決まり文句を主治医や看護師から言われていた。 しかし周りの同じ病気の子たちがどんどん退院していく中、彼は依然としてこの真っ白いキャンバスのような部屋にずっといる。 彼自身も自分が病気と思えず、見舞いに来る家族や友達も「信じられない」と語るくらい元気だと思っているのに、何でも免疫力が低下している等の理由で外に自由に出ることのできない生活を送っていた。 「だから、辛いんだよなあ。あーあ、早く外に出たいなあ」 と傍から見るとまるで独り言のように聞こえる言葉を彼は「ある人」に投げかける。 「今度の検査でよい結果が出れば、一時退院もできると先生も言っていたよね。もう少しの辛抱じゃないかな」 そう優しい声をかける彼はどこからともなく、洸祐の隣に現れやわらかな笑みをうかべ「おはよう」と声をかけてくれた。 彼の両親より少しだけ若い―人間の年齢にすれば30代前半に見える男性のようだ。 黒のスリーピーススーツを紳士的な立ち振る舞いと共に着こなす彼の背中の後ろにはうっすらと白い翼が見える。 この病院で初めて出会った際、彼は自分の守護天使―天使(あまつか)だと名乗り、彼は洸祐にしか見えない存在であると語った。 天使が見えてしまうなんて、自分は死ぬ一歩手前なのだろうかと最初は驚いてしまった洸祐だが、なんだかんだで今まで生きているのでそれが杞憂だったことは今でもほっとしている。 そして彼は羽根をしまって話を続ける。 「そうやって何回かお預け食らったから今度こそ!ってなりたいよね。ほんと」 「私も君を守護する存在として、早く元気になってほしいのだが…下界の人間そのものには干渉することはできないんだ。申し訳ない」 そうやって少しばかり肩を落とす天使に対し、 「ううん、天使さんがあやまることじゃないよ!ボク自身ももっと外に出られるくらいリハビリがんばらないと!」 洸祐はそういうと軽く左腕でガッツポーズをして天使に笑って見せた。 その笑顔に、天使は柔らかい、穏やかな笑みを返す。 その姿に洸祐はちょっとだけ胸を高鳴らせた。 「そういえば、洸祐は外に自由に出られるようになったら何かやりたいことはあるのかい?」 ふと、天使が彼にそんな言葉を投げかけてくる。 洸祐はそれに対し、すぐに答えを言おうとしたが…頭を抱えながら答えが止まってしまった。 「うーん、実はね。やりたいことが多すぎるというのがあって…友達とサッカーもしたいし、海にもいって色んな魚を見たいし、まず普通に学校にいって皆と生活したいし…」 「そうか、それじゃあ『今この時』やりたいことは何かな?」 「『今この時』…」 天使の答えに洸祐は答えに窮し、俯いた頭を上げ再び空を見る。 天使と話している間にいつの間にか空はすっかり青色に染まり切っていた。 そこにうっすらと白線のような雲が入る。飛行機か何かが飛んで行った跡だろうか。 それを見て自然と彼の口から言葉がぽつりぽつりとつぶやかれた。 「今、だったら…多分空を感じたいなって思った」 「空…」 「…この病院に入ってから最初は寂しかったんだ。 だから、空を見て気が晴れればなあって思って。最初はそんなことがきっかけだったんだ。でも、いつの間にか晴れ、雨、雷、雪、嵐、星…そういう空の色々な姿を見ることがなんだか楽しくなってきちゃって。入院する前はそんなの当たり前だって思っていたのにね」 急に饒舌になった自分に気恥ずかしさを感じたのか、少し顔を赤らめて洸祐はそう天使に語った。 しかし天使はそんな彼を決してからかうことなく、穏やかな表情で諭すように彼の手を取り語った。 「大丈夫、君ならきっと…また空を感じ取れるようになる。私も微力ながら君の『心』の力になろう」 「ありがとう、天使さん。ボク、前は寂しかったけれど…今はこうやって傍に天使さんがいるって分かるから頑張れる」 そんな二人の会話の間に『コンコン』とドアをたたく音が聞こえてきた。 話に熱中していたら、いつの間にか朝の回診の時間になったらしい。 「おっと、話が長くなってしまったようだね…ではまた。」 このままだと洸祐は何もないところに向かって話をしている奇妙な子になってしまうので、天使は暫く消える準備をし始めた。 「うん、ありがとう。天使さん。じゃ、またね」 洸祐は消えかかった天使の背中姿に対し、小声で声をかけ軽く手を振る。 入れ替わりに彼の回診を担当する看護師と医師が入ってきた。 「おはよう洸祐君。あら、ずいぶん今日は顔色がよさそうね。何かいいことあった?」 医師は彼の表情を見て、何かいいことがあったのだろうと察する。 それに対し、洸祐はくしゃっとした笑顔を彼女に向けこう言った。 「へへ…ヒミツ!そういう、依子センセイこそ何かいいことあった?なんか嬉しそうだよ」
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!