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「ユメミ。じゃあ、リオさんを送ってあげて。ああそうだ、このワンちゃんはどうする?」
そういうと、ツクモさんは愛おしそうに子犬を抱き上げあたしの前に見せてきた。
そうだ、この子犬・・・どうしよう。
あたしの住むオンボロアパートじゃあ、大家のおばさんにしかられちゃうし。
そんな困ったような表情をしていると、ツクモさんとユメミさんが顔を合わせてにこりと笑った。
そしてツクモさんが
「それじゃあ、代わりにボクがこのワンちゃんの飼い主になっていいかな?長い間、ボクらも二人きりで刺激がほしかったんだ。いいかな?」
「そっ、そんな。でも・・・」
「私たちは大丈夫。ワンちゃんもすっかりこのおうちに慣れきったみたいですし。」
子犬は子犬できらきらした瞳で、キャンと鳴いた。
あたしが気絶してる間に、ツクモさんにもなついていたみたい。
あたしはこの犬を飼えないから、ツクモさんたちに飼ってもらえるのなら本当にうれしい。
けれど・・・
「あの、無茶なお願いですがいいですか?」
「ん?何?」
「このワンちゃんの名前、つけてもいいですか?あと、時折様子見に来てもいいですか?」
「それはまた来てくれるって考えていいのかな?」
ツクモさんは感慨深そうな目であたしを見つめながら、尋ねてきた。
なんかその妙な色気を帯びた瞳で、若干上目づかいで尋ねられると・・・なんかこう、むらむらしたものが。
って、あたしには彼氏がいるんだから!アホだけど!と現実に引き戻って、ぶんぶんと頭をふるって深呼吸して。
「はい。ワンちゃんの様子を見に来たいのと・・・拾って来たものとして、お世話のお手伝いをしたくて。」
「そう、ありがとう。また会えるのね」
ユメミさんは笑顔で答えてくれた。
「じゃあ、さっそく帰る前にこのワンちゃんの名前決めないとね」
あたしはツクモさんの胸に抱かれている子犬を見た。
もう、あたしの中で名前は決まっていた。
昔から、ずっと犬を飼うことにあこがれててずっと用意していた名前。
それは・・・
「ゴンベエ!」
「「え?」」
「この子の名前ですよ!ゴンベエ!」
さすがのツクモさんとユメミさんもきょとんとした表情がしばらく続いた。
そして、ツクモさんが口を開いた。
「えーと、ゴンベエで本当にいいのかい?」
「はい!ずっと子供のころから犬を飼うときは「ゴンベエ」ってつけるって決めてたんです!」
「じゃあ、ゴンベエはゴンベエでいいのかい?」
子犬、改めゴンベエは嬉しそうにキャン!と吠えた。
よかった、喜んでくれたんだ。嬉しい!
「じゃあ、ゴンベエで決まりだね!よろしくね、ゴンベエ!」
「キャン!」
「でも、どうしてゴンベエなの?」
「えーとですね。それは・・・あたしの死んだおじいちゃんの名前でして。おじいちゃん『権兵衛』っていうんですよ。」
「おじいちゃんにあやかってってことなのね。」
ユメミさんは楽しそうにあたしの話を聞いてくれた。
でも、その名前の由来を聞いたとき、ツクモさんが少し、悲しそうな・・・そして何かを懐かしむ表情をしていた。ゴンベエを見ながら。
そして、あたしをもう一度見る。
今度は、なにか感慨深そうな表情で。
あたしはその時、そのツクモさんの真意を理解できず、きょとんとすることしかできなかったけれど。
「あの、ツクモさん?」
「ああ、なんでもないよ。気にしないで。じゃあ、この子はうちで預かるよ」
「本当にありがとうございます!」
「ううん、キミが来てくれて本当に嬉しかった。久しぶりにね」
そういって、ツクモさんとユメミさんは屋敷のドアから見送ってくれた。
外へ出ると、雨が少し弱まっていた。
早くいかないと、遅刻しちゃうし!
二人に頭を軽く下げて、あたしはバイト先へ向かった。
これが、あたしとツクモさんとの出会い。
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