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「お気をつけて、ご主人」
「分かってるよ。こういうのも、久々だから・・・ねっ!!」
素早く、ステッキを回し後ろにいた何者かにつきだす。
この早さならステッキの先端で、喉笛を突こうと思えばできたが彼はそれをしなかった。
まずは、相手の出方を見たかったからだ。
すると相手は、ステッキを同じ棒状のものではじき返した。
ツクモは、その相手の行動を知り、一考し、そしてステッキを下した。
そして、暗闇の先にいる相手に語りかける。
「ゴンベエの・・・いや、犬の方じゃなくて人間の権兵衛のお孫さんに加えて、キミにも会えるなんて・・・本当に久しぶりだね、現宗(げんそう)」
その語りかける口調も、相手を見やる視線も自然と穏やかなものに代わっていた。
一方の相手は緊張感を崩さずに、ツクモの方へ足を運んだ。
屋敷の中のかすかな光の中で露わになったのは現太の祖父・現宗であった。
その表情はツクモとは対照的に険しいものだった。
「リオがここに入ったと孫から聞いてな。いてもたってもいられなくなって、来た。」
「リオさんはもう、アルバイトに行ったよ。ここでは紅茶を飲んだだけさ。」
「そうか、ならいい」
現宗はツクモの返事に、少しばかり安堵の表情を浮かべた。
ユメミは新しいお客様だとツクモの態度から推測し、さっそく慌ててキッチンの方へと戻っていった。
そんなユメミの後ろ姿を、現宗はどこか不安そうに見ていた。
「権兵衛が死に、リオは一人だ。わしも何かと目をかけてきたが、ここに導かれたという事は・・・」
「キミの予想通りだよ、現宗。リオさんは導かれようとしている。権兵衛に頼まれて、ずっと食い止めてきたけれどね。本人は夢のことだろうと思ってるみたいで、自覚はないみたい。」
ツクモは現宗の姿を見て、話を切り出す。
「けれど、まだリオさんは生きるべき人間だ。
ここの管轄であるボクが言うんだから、間違いないよ。普通そういう時は、『死相』がくっきりと表れるものだからね。」
死相などという物騒な言葉を使いながら、ツクモは現宗ににこやかに対応していた。
現宗はその言葉を聞いて若干動揺していたが。
「だけど、彼女を死に導こうとしている者がいるのも事実だよ。だから、こうやって彼女はボクに会いに来た。無意識にね。あっ無意識というか、狭間の世界で会ったからそうでもないか」
「・・・お前は、ずっと気が付いていてリオの夢に現れてたな」
「気が付いてというより、権兵衛から頼まれていたからね。あっ勿論、リオさんにはボクのこと、内緒にしておいたから」
「権兵衛はお前を信用していたからな」
ユメミが持ってきた紅茶を一杯飲みながら、現宗はツクモに言った。
ツクモも少し苦笑いを浮かべながら、彼との会話を続けていた。
「悔しいがわしの『管轄』は、いや『仕事』は死後の世界まで亡者を送り届けること。でも送り届けた先の亡者の行く先は分からん。それに、亡者の姿は・・・ふつうの人間には視ることはできん」
「だから、ボクがいるんだよ。ボクの力はこういう時のための力だからね、ハハハッ」
「若いころはそうは思わんかったがな」
「キミとは、いちいち張り合ってたよね。ホント」
「ああ、いろんなことでだ。権兵衛が仲裁役で、お前とオレで」
いつの間にかツクモと話していると、一人称が変わってしまったりする。
自分が若返ってる感覚になるのを現宗は感じていた。
けれど、目の前にいるツクモのいつまでも若々しい顔としわの寄った自分の手のひらを見つめると彼とは遠い時代を隔てていることを
まざまざと感じ取れた。
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