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プロローグ ~サラヴァージの村~
くっきりと晴れた空を、大鷲が横切った。
「大きいなぁ」
思わず声に出して、あわてて周りを見渡す。
丘の上に人の姿はなく、鳥のさえずりが聞こえてくるだけだ。
険しい山々に囲まれた村は、今、畑作に忙しい。
それをさぼって、タキは、見晴台とよばれる小さな広場に生えている一番大きな木の上で、ぼんやりと空をながめていた。
雲一つない真っ青な空。そこからほんの少し視線を下げると、頭に雪の冠をかぶった険しい山がいくつも連なっているのが見える。
サラヴァージ山脈。
世界で最も美しく、もっとも荒々しいと言われる山々。
タキの村は、その山肌にしがみつくように細く長く位置づいていた。
学校も病院もなく、市場が開かれる一番近い町までは山を登り谷を越え、歩いて三日かかるという辺境の村だ。
「おーい、タキ。いるんだろう」
坂の下から、ノナの声がした。
「畑作業さぼってるって、長老にいいつけるぞ」
タキよりも一歳年長のノナは、まっすぐにタキがいる木に向かってくる。
「おい、タキ。聞こえてるんだろう? さっきイッサが帰ってきたぞ!」
走っているのか、息があがっている。
「驚くなよ! なんと外国人を連れてきたんだぜ」
大きな枝に体をあずけていたタキは、ゆっくりと体を起こした。
「外国人?」
「そう。日本人だって。今長老の家にいる。見に行こうぜ」
「見たい!」
タキはスルスルと器用に木から降り、トンと両足を地面についた。
日に焼けた肌、くっきりとした眉、黒い大きな瞳をもつタキは、十歳になったばかりだ。
村では「神の子」と呼ばれている。
タキが生まれた時、長老のお告げがあったからだ。
村では、「神の子」が「ジャーリ・サイラ」と呼ばれる秘宝の持ち主になる。
「ジャーリ・サイラ」というのは、タキの部族の言葉で「鷲の瞳」という意味を持つ。
右目が赤のルビー、左目が青のサファイアからなる一対の宝石で、金の縁どりの部分をつなげると、まさにするどい鷲の目にみえる村の宝だった。
村には、「ジャーリ・サイラ」を額にいただいた神の子が、人々を救ったという言い伝えがたくさん残っており、村人のだれもが当然そのことを信じていた。
タキは、その「ジャーリ・サイラ」の何十代目かの後継者だった。
しかし、百年近く前に山の部族同士の激しい対立があり、タキの部族は命からがら脱出し今の村に住み着くことになった。
そのドサクサの中で、右目の赤い「ジャーリ・サイラ」は紛失。そのまま行方不明となっていた。
だからタキは、青い「ジャーリ・サイラ」しか見たことがない。
「日本人ってどんなの? 髪は金色なの? 瞳は青いの?」
「見た目は、オレ達と変わらない。黒い髪に黒い瞳らしいよ」
ノナとタキは転げるように細い坂道をおりると、長老の家に向かった。
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