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7
「大丈夫だった?」
朝奈は玲奈の頭を膝の上にのせながら、隣に佇むタマモに訊ねた。
「寸でのところだったがな」とタマモは肩を撫でおろす。「朝奈が見ていたおかげだ」
「れ、玲奈、大丈夫なの?」
結奈が心配そうに訊ねてきて、朝奈は軽く頷く。
「間に合ったみたい。良かった」
玲奈の身に危機が迫っていることを早めに察知することができたのが幸いだった。もとより玲奈は“あちら”で朝奈と幾度か魂の繋がりを持っていた。そのため、“あちら”に居ながらにして朝奈は“こちら”にいる玲奈の身の回りで起こっていることを感覚的に捉えることができたのである。それが功を奏したのだ。
創造主を名乗る男は胸を撫で下ろすように深いため息を吐くと、
「よかった。もしここで彼女が感染していたら、大変なことになっていた」
「――感染? それ、どういうこと?」
結奈は問うたが、しかしその答えを得られるよりも前に朝奈が男に訊ねる。
「あの女は今どうしているか見える? ショーゴ」
男は軽く眼を閉じ、こくりと一つ頷くと、
「こちらに向かっている。黄泉軍と黄泉津醜女を引き連れて。かなりの数だ。アイツめ、別の世界からも仲間を引き込んでいるみたいだ」
「通路の遮断は? まだできないの?」
「あと二十パーセント」
「急いで。数で押されたら太刀打ちできないんでしょ?」
「今みんなでやってる。焦らせないでくれ」
「焦るに決まっているでしょ? わたしたちの世界のことなんだから!」
「わかってる。こちらも必死なんだ。ここで必ずアイツを止める」
男の姿が、ゆらりと揺らいだような気がした。
そんな男に、タマモは眉間に皴を寄せながら身を乗り出す。
「香澄は? あいつはどうなってる?」
「準備はできてる。今、そちらに向かっている」
「今度こそ大丈夫なんだろうな!」
「肉体という概念を失っているんだ。上手くいけば、アイツを内部から破壊できる」
「内部から破壊――香澄はどうなる?」
「……わからない」
首を横に振る男に、朝奈はギロリと睨みを効かせながら、
「話が違うわ。全員無事、それが条件だったはずでしょう!」
「こっちもそれどころじゃないんだ。増殖が停められない。アクセスを拒否されている。そちらに回すリソースがない。上手くいけば、香澄の魂を修復できる可能性もあるかもしれないが……」
「上手くいかなければ?」
「アイツに呑み込まれて、恐らく、消滅する」
「……消滅だと! ふざけるな!」
タマモは男に掴みかかる――が、その手はすり抜けるようにして男の背後の壁を激しく切り刻んだだけだった。
「香澄を消すな! お前らの責任だろう! 我らを創り出しておきながら――!」
「だから、君たちの世界が消滅しないようにこちらも善処しているんだ。多少の犠牲には目を瞑ってくれ」
「多少の犠牲、だと?」
タマモは歯を食いしばり、目を見開いた。
「香澄をその犠牲者にするつもりか!」
「肉体がないことは本来なら死でしかない。死してなお魂という情報体となって自我を維持していることの方が本来は異常なことなんだと認識してくれ。少なくとも、こちらの世界ではそれが常識だ」
「お前らの世界のことなど知るか! 香澄の無事を保証しろと言っている!」
「抑えて、タマちゃん! 今はそれどころじゃないでしょう……!」
朝奈はタマモの身体を男の――背後の壁から引き剥がしながら、
「……私たちはこれからどうすればいいの、ショーゴ。ミサキはなんて言ってるの?」
すると男は神妙な面持ちで、しばらくの間、口を閉ざした。
まるで何らかの感情を必死で抑えつけているかのようだった。
その答えは、けれどすぐに判明する。
「……ミサキは、死んだ」
「な、なんで? 何があったの!」
「アイツのギアにイザナミが不正アクセスを仕掛けてきた。バイクを運転中に。そのせいで。アイツは事故に遭って――死んだ」
「そんな――っ!」
朝奈は焦った。この世界を保守しているはずのミサキが死んだ。それは絶望的な言葉だった。この世界の仕組みを一番理解しているであろう人物、田郎丸美咲。彼女があの女によって殺されたのだとしたら、もはや自分たちに残されたのは、この男――細田省吾とその仲間たちに任せるより他に道はないように思われてならなかった。
“あちら”で彼らと交信した時、朝奈はこの世界の真実に驚愕した。とても信じられない事実だった。認めがたい真相だった。けれど、彼女、彼らの指示に従って“あちら”で行動しているうちに、朝奈はそれが現実であることを理解していった。
創造主である彼らはヨモツオオカミ――イザナミという存在を如何に対処していくか、そこに注力しているようだった。そしてそのイザナミが、数多の世界を壊滅に導いただけでなく、朝奈の存在するこの世界すらその毒牙にかけようとしていることを知り、朝奈は何とかしてこの世界を護る為に彼らに協力してきたつもりだった。それなのに、イザナミの、ヨモツオオカミと化した神のほうがその進行が速かったのだった。
「ちょ、ちょっと待って!」
そんな朝奈の思考を遮るように、結奈が口を開いた。
眉間に深いしわを寄せて、朝奈の顔をじろじろ見つめる。
「お姉ちゃん、いったい何の話をしてるの? ショーゴって誰? 創造主とか言っているこの男のこと? ミサキってのは? そもそも、どうしちゃったの? さっきまでと全然雰囲気違うけど、お姉ちゃんは――麻奈は本当に、麻奈なの?」
それは至って当然の質問だった。
結奈はわたしたちのことをよく知らない。麻奈の眼と身体を介して、わたしは“あちら”と“こちら”を疑似的に行き来していた事実を、妹たちは全く知らないのだから。
そして当然、この世界の真実についても。
「……そうね」
朝奈は小さく頷き、じっと結奈と視線を交わす。
「わたしは、あなたの良く知る麻奈ではないわ。わたしは朝奈。麻奈と、そしてあなたたち結奈と玲奈の、この世に産まれることのできなかった長姉よ」
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