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奈央は次にどう言えばいいのか解らずしばらくの間そんな石上と机の上の弁当を交互にチラチラ見ていたが、待つという行為に痺れを切らしたのだろう、奈央が言葉を紡ぐよりも先に石上の方が口を開いた。
「そう、なの? あたしてっきり、あなたがあの黒い――喪服みたいのを着た女の子だと思ってた…… だって、本当にそっくりなんだもの。あ、もしかしてあたしのことを警戒してるんでしょ? そうか、だから違うって否定するんだ。大丈夫だよ、あたしそんな悪い子じゃないから。本当だよ? ほら、バスケ部の近藤って先輩いるじゃん。あの子、自分をちやほやしてくれる子以外は絶対に受け付けないし、あの子の意見に反論したら徹底的にハブられちゃうんだよね。だからバスケ部ってずっとグダグダしてるの。あと顧問の伊達先生にも色目使ってるらしくてさぁ、噂じゃぁ、ヤリまくりって話らしいよ。じゃないとあんな奴さっさと部活辞めさせてると思わない? まぁ、要するに身体使って先生を言いなりにしてるってことね。あの部活じゃぁ、近藤のいうことが絶対。例えば白いバラをあの先輩が『それは赤よ』って言ったら皆して『はい、アレは赤いバラです』って答えなくちゃならないの。どう思う?」
そんなこと言われても、と思いながら奈央はひたすらおしゃべりを続ける石上をどう扱ったらいいものか、心底戸惑っていた。いったいどうしたらここまで話を続けることができるんだろう。この長々と繰り広げられるなんだかよく解らない話に対して、私はどこで言葉を挟めばいいんだろう。そしてどう答えればいいんだろう。そんなことを考えている間も、石上のおしゃべりは止まる様子を見せなかった。
「あたし、あぁいう人大っ嫌いなんだよねぇ。だって他人が自分の言うことばかり聞いてくれるわけないじゃん? 自分は自分、他人は他人、血の繋がった家族であろうが仲の良い友達だろうが自分以外は皆他人なわけじゃん? そんな他人をそのまんま受け入れてこそ真の大人ってもんだと思わない? あたしは他人を見た目や趣味嗜好で好きとか嫌いとか言いたくないんだよねぇ。だから、安心して! あたし、相原さんが多少人と違ってたり変わり者だったとしても全力で受け止められる自信があるから! ねっ? やっぱり相原さんがあの黒い喪服の女の子なんでしょ? いいよ、隠さなくっても! そうなんでしょっ? ねっ? ねっ? ねっ?」
期待を込めたキラキラした大きな瞳に顔を覗き込まれて、その勢いに奈央は椅子ごと後ろに倒れるかと思うほどだった。そんなことを言われたって、本当に私はあの子じゃない。似ていると言われたって、客観的に比べたこともないから判らないし、何より奈央がその黒い服の女の子と出くわしたのだって昨日が初めてだ。その女の子と間違われるだなんて。
「ご、ごめんなさい」まず最初に口から出たのは、何故か謝罪の言葉だった。「わ、わたし、本当に違うの。い、石上さんが言っている女の子とは別の、本当に、ただの他人なの……」
石上はそう口にした奈央の顔をしばらくまじまじと見つめ、
「……ホントに?」
と念を押すように、更に顔を近づけてくる。
「ほ、本当に……」
答えた奈央に、石上は何度も目を瞬かせると、
「――なーんだ。違うのかぁ! よく似てたから間違いないって思ったのになぁ……」
心底残念そうに天井を仰ぐ石上に、「あ、でも」と奈央は口にした。
「わ、私も昨日、学校の帰りに見たよ。黒くて長い髪の女の子。黒い服を着て、黒い傘を差して峠の道を歩いてた」
「お、相原さんも見たんだ」と石上はそこに興味を持ったのか再び奈央に顔を戻した。「相原さんって、どこ中? 三つ葉――じゃないよねぇ? あたし、相原さんに見覚えないし。相原さんくらい美人だったら絶対に記憶に残ってるはずだもん」
美人、と言われて何だか恥ずかしかった奈央は、敢えてそのくだりを無視して話をそらすように石上に問うた。
「そ、そんなに有名なの? あの、黒い服――喪服?を着た女の子」
「あぁ、うん。三つ葉中に通ってた子ならみんな知ってるはずだよ」
「どういう子なの? 私たちと同い年くらいに見えたけど――」
「そうだねぇ……」と石上は今一度天井に視線を向け、「あたしが知ってるのは、こんなうわさ話かな」
言って奈央に視線を戻すと、イヤに得意げににやりと微笑んだ。
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